小川洋子■ 博士の本棚
世間ではむしろ、長患いしないこうした死に方を理想とする向きもあるが、私の場合、慌て者であるだけでなく、怠け者でもあるので、仕事部屋を整理しないうちに急にお迎えが来ると、たいそう困った事態に陥る可能性が高い。
タイガースの選手との空想恋愛を綴った日記、若返りの秘薬、五寸釘、ちょっと人には見せられない趣味のビデオ、愛人の遺髪……。そのようなものがあちこちの引き出しから発見されるのは、少し恥ずかしい。
やはり最期くらいは、心を落ち着け、身辺をきちんと整頓し、本当に大事なものだけを手元に置いて、すがすがしい気持でいたい。本当に大事なもの、となれば私の場合、書物、ということになる。
ささやかな読書体験の中で出会った、親愛と尊敬の念を注いでやまない本。人生の傍らに、いつも変わらず黙って寄り添ってくれた本。死んだあとでも読み返したいと願う本。それらがほんの数冊、枕元にあれば、どれほど幸せだろうか。
――死の床に就いた時、枕元に置く七冊
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■ 博士の本棚|小川洋子|新潮社|2007年 07月|ISBN:9784104013050
★★★
《キャッチ・コピー》
子供時代、わたしのお気に入りの場所は、図書室とこたつの中だった--。数学の本、文学の本、本とともに送る生活の幸福を伝える、極上のエッセイ。
《memo》
その枕元に置く7冊とは……。
『萬葉集』『アンネの日記』(アンネ・フランク)『中国行きのスロウ・ボート』(村上春樹)『西瓜糖の日々』(リチャード・ブローティガン)『ダーシエンカ あるいは子犬の生活』(カレル・チヤペック)『サラサーテの盤』(内田百閒)『冨士日記』(武田百合子)
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