« 佐江衆一■ わが屍は野に捨てよ―― 一遍遊行 | トップページ | 岡山徹■ ひとり介護――母を看取り父を介護した僕の1475日 »

2007.12.07

栗田勇■ 一休――その破戒と風狂

20071207kuritaikkyuu

この奇蹟的な恋愛は、一休の生涯をしめくくる、晩年の生の結晶であり、『狂雲集』の「狂雲」の台風の目そのものであった。一休の人生と禅と詩がひとつに溶けて、森女を詠った作品は、金剛石の如き、深い輝きを放っている。

もちろん一休に触れた数多くの人々が、一休と森女との愛について語り、様々な意見を述べている。老僧と盲目の琵琶弾きとの情事、それも、赤裸々な性愛を高雅に詠い上げた、おそらく空前絶後の作品は、あまりに禅者の戒を超えているので、その事実関係が疑われるのも無理もない。〔…〕

生活的現実、モデルになった閨房の情事の、物理的生理的探索などは、読者、それぞれに委ねられることではあるが、あまり意味がないと思われる。

一休が残した情愛の絶唱を、詩的言語の創出した現実として、そこで一休と出逢い、一休の禅に参入体験することが、もっとも端的で、本当の意味で具体的で素直な一休の恋を理解することであろう。

――12章 森女との至高の恋愛

*

*

■ 一休――その破戒と風狂|栗田勇|祥伝社|2005 10月|ISBN9784396612566

★★★

《キャッチ・コピー》

とんち小僧として誰からも親しまれる「一休さん」は、禅院の世俗化を痛烈に批判し、森侍女との愛欲を赤裸々に詩いあげた反俗の禅僧でもあった。このあまりにも大きい落差を、どう考えたらいいのか―。

memo

で、赤裸々な愛欲の詩とは、たとえば……。

美人陰有水仙花香   美人の陰に水仙花の香有り

楚台応望更応攀    楚台は応に望むべく 更に攀ずべし。

半夜玉床愁夢顔    半夜の玉床 愁夢の顔。

花綻一茎梅樹下    花は綻ぶ 一茎 梅樹の下、

凌波仙子遠腰間    凌波の仙子 腰間を遶る。(『狂雲集』通番部)

美人の陰部に水仙の香りがする

楚の台は遠く眺めるのも登るのもよい。

夜中の美しい寝床に、悲しい夢を見る寝顔がある。

梅の木の下で水仙が一本咲き、

仙女が軽やかに歩むと、腰に水仙の香りが漂う。(蔭木氏訳)

|

« 佐江衆一■ わが屍は野に捨てよ―― 一遍遊行 | トップページ | 岡山徹■ ひとり介護――母を看取り父を介護した僕の1475日 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 栗田勇■ 一休――その破戒と風狂:

« 佐江衆一■ わが屍は野に捨てよ―― 一遍遊行 | トップページ | 岡山徹■ ひとり介護――母を看取り父を介護した僕の1475日 »