佐江衆一■ わが屍は野に捨てよ―― 一遍遊行
南無阿弥陀仏 なむあーみだァぶつ
超一房が突然に立ちあがった。立ちあがったというより、不意にふわっと身が浮きあがって、胸のまえで合掌するその女体が昇天するかのごとくである。
両の眼が潤み、頬が上気して幽かには酸漿(ほおずき)色に染まっている。なむあーみだァぶつ。澄みきった声で称名しつつ、素足の脚が躍(は)ねた。
着古した墨染めの法衣の裾がひるがえり、白い脛をのぞかせて躍ねている。舞うごとくに腰がゆれ、肩が波うつ。
南無阿弥陀仏 なむあーみだァぶつ〔…〕
誘われるように隣の念仏房も立ちあがり、踊り出す。
南無阿弥陀仏 なむあーみだァぶつ
二人の尼は、称名念仏の法悦のきわみにその女体が歓喜して、おのずと合掌をといた両の手のひらを白蓮花に戯れる蝶さながらにひらひらと舞わせ、肩をふり腰をゆすり、両の脚を高くあげて踊っている。
南無阿弥陀仏 なむあーみだァぶつ
――「巻の七 はねばはねよ 踊らばをどれ 春駒の――の事」
*
*
■ わが屍は野に捨てよ―― 一遍遊行|佐江衆一|新潮社|2005年 02月|文庫|ISBN:9784101466101
★★★
《キャッチ・コピー》
時は鎌倉時代。武門の身を捨て13歳で出家した一遍は、一度は武士に戻りながら再出家。かつての妻・超一房や娘の超二房をはじめ多くの僧尼を引き連れ遊行に出る。
断ち切れぬ男女の愛欲に苦しみ、亡き母の面影を慕い、求道とは何かに迷い、己と戦いながらの16年の漂泊だった。
踊念仏をひろめ、時宗の開祖となった遍歴の捨聖一遍が没するまでの、波瀾の生涯をいきいきと描く長編小説。
| 固定リンク
コメント