池内了:編■ 寅彦と冬彦――私のなかの寺田寅彦
私の興味を惹いた、もうひとつの寅彦の論文は尺八に関するものである。寅彦は1908年に尺八の音響学的研究で学位を得ている。〔…〕
尺八はよく知られているように竹で出来た、開孔がわずか5つしかない、一見、極めて簡単な楽器である。しかし、その簡単さにもかかわらず、極めて多彩な音をだすことができるらしい。〔…〕
寅彦によると、吹き手が尺八の吹き口と唇の角度を変えると、実質的な管の長さが変化し(境界条件の変化)、それによって音の高低が微妙に変わるらしい。また、開孔の押さえ方や竹の節による尺八の太さの変化が、音色に与える影響も詳しく調べられている。〔…〕
それでは、寅彦は何故このような一見変わった問題に取り組んだか、またこの研究がなんの役に立つかというと、これは必ずしも明らかではない。〔…〕
一見、なんの役に立つかわからないように見えるが、そのこと自体はあまり重要ではなく、複雑な現象の根本となる原理を解明するところに醍醐味がある。
――金森博雄「地球物理学者としての寺田寅彦」
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■ 寅彦と冬彦――私のなかの寺田寅彦│池内了:編|岩波書店|2006年 06月|ISBN:9784000241366
★★★
《キャッチ・コピー》
日常風景を科学的視点で切り取り、至宝のエッセイに昇華させた文理融合の先達、寺田寅彦。その活躍の場は時空を超えている。作家や科学者12人が、現代の読み方と独自の寅彦像を描く。
《memo》
寺田寅彦。物理学者、随筆家、俳人であり、吉村冬彦の筆名も。『吾輩は猫である』の水島寒月や『三四郎』の野々宮宗八のモデルとも言われる。
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