玉村豊男■ 絵を描く日常
その日、近所の人から枝つきのリンゴをもらった。
赤いリンゴが二個。枝と、少し葉がついている。眺めているうちに、ふと、水彩で描いてみようか、と思い立った。〔…〕
食卓の上に白い紙を置き、鉛筆でかたちを取ってから、水を含ませた筆に赤い絵具をつけて、初めての水彩を措く。
濡れたタッチの上に新たな筆を置くと、絵具が滲んで色が思いがけない方向に広がった……。
なぜか、私はいまでもその瞬間をよく覚えている。
ほう、水彩って、面白いなあ。
油絵にはない、偶然の効果。それと、わずかな時間で措き上がる、早さ。そしてなによりも、絵具の色の背後に紙の白が透けて見える、油絵にはない透明感。
それは、私が水彩という技法に開眼した瞬間でもあったが、同時に、こんな、眩しいほど明るい白い紙に、鮮やかな赤い色の絵具を躊躇なく置けるようになった自分を知り、よかった、どうやら最悪の事態からは抜け出したようだ、これで長かった闘病生活も終わるかもしれない、という、それは私が肝炎の寛解に希望を抱くことができた最初の瞬間でもあった。
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■ 絵を描く日常│玉村豊男|東京書籍|2007年 10月|ISBN:9784487802364
★★★
《キャッチ・コピー》
41歳から絵を描いて20年。玉村豊男が自分の絵について語る初めての本。初期作品から最新作までカラー図版90余点収録。
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