児玉清■ 負けるのは美しく
このときから、様子をうかがうと、どうも、宮川カメラマンをはじめ、京(マチ子)さんもそうなのだが、もともと大映映画の人たちであるスタッフ、キャスト全員が結束して、いつのまにか今井監督の演出方法やリーダーシップに批判と非難の姿勢をとりだしていたことに周囲の状勢にいつも鈍感な僕も漸く気付いたのだ。〔…〕
今井正監督一人がポッンと薄暗いアフレコルームのスクリーンの横の椅子に残っているのだ。部屋には監督と僕だけが取り残された。〔…〕
「……この映画は碌なものにならないからね。もう僕は投げているんだ」と静かに言った。その姿はとてもさみし気で、いつまでも心の奥に焼きついていて離れない。
なぜ巨匠とまで言われた名映画監督が、スタッフにはじき飛ばされるというか、除け者にされてしまったのか。〔…〕
皮膚と肉が離れているような感覚。水槽の中に一人だけ別にいるような奇妙な現実感の無さ。すべての動作が社会から遊離してしまったような頼り無さ。声や主張を大きくすればするほど周囲から隔絶されていく思い。
老いは孤独を強いられるのだ、と今井監督とほぼ同じ年齢に達して、漸く理解したのだ。
――「是非なき孤独」
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■ 負けるのは美しく│児玉清|集英社|2005年 09月|ISBN:9784087747744
★★
《キャッチ・コピー》
おだやかな微笑みのむこうに、このような人生が!
俳優・児玉清が、母の死がきっかけで入った映画界、忘れ得ぬ監督や俳優たち、結婚、その後転身したテレビ界のこと、大好きな本、そして愛娘の闘病から死まで…。初の回想記。
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