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2008.01.11

佐江衆一■ 長きこの夜

20080111saenagaki

夜半をすぎて寝床についた私は、うとうとして耳もとに父の声をきいて目覚めた。すぐそこの闇に縛る人の気配がして、父が私の名を呼んでいた。誰もいなかった。〔…〕

けれども、確かにすぐ耳もとに父の呼び声を聴いたのである。私は寝床を出ると、父の部屋を覗いてみた。廊下から射し込む電灯の明りをうけて、介護ベッドに仰臥した父が少しロをあけて穏やかな寝息をたてていた。私の空耳だったのだ。〔…〕

仏生会の花祭のその朝、私と妻が父の部屋にゆくと、父は私が夜半すぎに見たままの寝顔で息絶えていた。窓のカーテン越しに山桜の満開の朝の光が父の死顔に射し込み、机の上に二月のショートステイで施設にいたときにつくった、短冊に書いた俳句が置かれていた。

侘びしさや冬田の道の細々と

若い頃から俳句が好きで俳号を柿紅といった父は、家にもどってからは句をつくらず、老人福祉施設の窓から見た冬枯れの風景を詠んだこの句が最後の作になった。

父の生まれ在所の景色にも似た、冬田の細道を父は風に吹かれてたどりたどって、ここにもどっていたのか。

――「風の舟」

*

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■ 長きこの夜│佐江衆一|新潮社|2007 09月|ISBN9784103090151

★★★

《キャッチ・コピー》

毎日オムツを取り替え自宅で見取った97歳の父。そして自分の葬式の死顔まで見えて…。老人の無明長夜(「長きこの夜」)。不能をめぐる男たちの侃々諤々。滑稽な会話で描く老年の性(「赤い珠」)。仕事をリタイアした4人の老年の男たちが始めた料理教室。(「おにんどん」)。『黄落』から12年、さびしくおかしい老年の一瞬の輝きを円熟の筆で描く7篇。

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