新井満■ 死んだら風に生まれかわる
お墓参りの対象は、別に肉親や親戚、友人や知人に限るわけではない。たとえ生前に一面識もなかったお方であろうとも、そうと決めたからには何処へでも出かけてゆく。無論、海の向こうにもだ。〔…〕
ピアノ曲『ジムノペディ』を初めて聴いたのは、あれはいつのことであったか。
美しくも神秘的な和音のつらなり、ゆったりとしてたゆたうような旋律、聴く者を静寂な空気の中に包みこんでしまう白い音楽。私はいっぺんに好きになってしまい、次にその作曲者がエリック・サティなる人物であることを知った。
サティは、世紀末のパリに生き、モンマルトルの居酒屋でピアノを弾きながら数々の伝説的奇行を重ねた異端の作曲家であった。いつも山高帽子に鼻眼鏡、黒服姿で、晴雨にかかわらず黒い蝙蝠傘を持ち歩き、死ぬまで独身と貧乏をつらぬき通した。
〈なんと面白い人生をおくった男だろう。気に入った。よし、サティに会いに行こう!〉
私は心に決めた。調べてみるとサティは、1925年7月1日夜、パリ市内の聖ジョセフ病院で病死していることがわかった。享年59。そして今は、パリ郊外アルタイユの墓地に眠っているらしい。
サティのお墓参りをした。
――「お墓参りは楽しい」
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■ 死んだら風に生まれかわる│新井満|河出書房新社|2004年 09月|ISBN:9784309016641
★★
《キャッチ・コピー》
感動のベストセラー『千の風になって』の著者が贈る自選随筆集・第1弾。上手な“死に支度”のススメ。
《memo》
以下も「お墓参りは楽しい」から――。
この数年間に私が誰のお墓参りをしたか、次にそれを記しておこうと思う。
画家のマチス、画家のデュフィ、『アルプスの少女ハイジ』の作者シュピリ、画家のキリコ、『木を植えた男』の作者ジオノ、作家のドストエフスキー、ロシアのジョン・レノンと云われた歌手のヴィソツキー、写真家のマン・レイ、彫刻家のブランクーシ、作家のサルトルとボーボワール、画家のミレー、『ガリバー旅行記』の作者スウィフト、詩人のワーズワース、作家のシャーロットとエミリーのブロンテ姉妹、作家のシェイクスピアなどなど、もうきりがない。墓石の写真もずいぶんたまった。『お墓参りは楽しい』という写真紀行文集ならいつでも出版できるだろう。
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