柳田邦男■ 人の痛みを感じる国家
その子は重い障害をもっていたが、母親は普通の子以上に、その子を愛し育てていた。彼女は子どもに知的発達の遅れがあっても、動揺することなく、その子なりに心がのびやかに育つように向き合ってきた。〔…〕
その子は小学校の特殊学級に通うようになったとき、障害児の手当や手帳を受けるために必要な医師の診断を受けた。その検査の中で、医師が「お父さんは男です。お母さんは?」と問う質問があった。誰しも「女です」と答えるだろうし、母親も自然にそう思った。
ところがその子の答は意表を突くものだった。迷うことなく、大きな声でこう答えたのだ。
「お母さんは大好きです」
何とすばらしい答かと、私は感動してしまったのだ。母親も「子どもが見かけの知識でなく、子どもにとっての母親の本質を言ってくれたことが嬉しくて嬉しくて、胸がいっぱいになった」
診断の結果は、「IQ37」という数字で示されたが、母親にとってIQのレベルなどは二の次だった。≪『IQ37の世界』って、実はとっても素敵で優しくて、あったかい世界なんだ≫と思ったという。母親のそういう受けとめ方もすばらしい。
――「現場・現物が語り出すとき」
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■ 人の痛みを感じる国家│柳田邦男|新潮社|2007年 04月|ISBN:9784103223177
★★★
《キャッチ・コピー》
日本人の精神は、どこまで壊れてしまうのか?ネット上で、他者を匿名で中傷する人びと。ゲームや映像に汚染されていく子どもたち。他人の痛みに全く鈍感な行政官や企業人…今こそ見直すべき心の情景を説く警世の日本論。
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