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2008.02.01

宇多喜代子■ 古季語と遊ぶ――古い季語・珍しい季語の実作体験記

20080201utakokigo

雁風呂

古い歳時記(『俳諧歳時記栞草』)の解説に、こう書いてある。

秋に雁が渡るとき、海上に浮かべて羽の労を休めるためにそれぞれが小さい枝を銜(くわ)えてくる。

その木を南部外ケ浜に落としておき、また春にその木を銜えて帰る。「残れる木多くあるは、人に揃へられ又は死せし雁のあれば也。故にその木を拾ひ、供養の為に風呂を焚きて諸人に浴せしむと言ふ」と。

雁に寄せる浦曲(うらわ)の人たちの「なさけ」にホロリとするが、それって本当ですか、今でもやってるんですか、などと真顔で畳み込まれるとちょっと困る。

この題にこんな句が並ぶ。

ひたひたと来て雁風呂を燻べ足しぬ  大石悦子

雁風呂の追焚をしてくれし祖母  辻田克巳

雁風呂の煙のあがる湖の北  山本洋子

雁風呂や乾きて骨のやうな枝  西村和子

どれも、やっぱりホントなんだと思われてしまいそうな句ばかりだが、どの句にも「遠い日のことよ」「わたしは見ていないのよ」というメッセージが潜んでいる。

大石さんの「ひたひた」は夢幻の昔を、辻田さんの「追焚をして」くれたのは父母ではなくその前の祖母だったという時間の遠さを、山本さんのみた煙は「湖の北」という彼方にあがっているのだという場所の遠さを、西村さんは「雁風呂の」とか「に」などとせず、「や」として中七以下を直接の説明から切ってしまうなど。

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■ 古季語と遊ぶ――古い季語・珍しい季語の実作体験記|宇多喜代子|角川学芸出版|2007 08月|ISBN9784047034143

★★★

《キャッチ・コピー》

第一線で活躍する俳人たちが、生活環境の変化によって消えつつある季語を持ち寄って句会を始めた。ある時は「現物持込み」をし、ある時は想像力だけで、持ち寄った季語を含んだ俳句をその場で作る。

宇多喜代子■ ひとたばの手紙から――戦火を見つめた俳人たち

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