塩田丸男■ 歌で味わう日本の食べもの
春といえば、日本人が一人残らず知っている『枕草子』の書き出しの名文句「春は、あけぼの」。その「あけぼの」に重なり合って浮かんでくるのが芭蕉の名句、
明ぼのやしら魚白きこと一寸
です。
白魚は海水と淡水がまじりあう汽水域に棲むのか最良とされていますが、あけぼのの汽水から掬い上げた白魚の美しさこそ春を象徴するものではないでしょうか。
歌舞伎の『三人吉三廓初買』で大河端を背景に三人吉三が出会う時の名セリフ「月も朧に白魚の篝もかすむ春の空」も人口に膾炙しています。〔…〕
室生犀星の詩にも、
白魚はさびしやそのくろき瞳はなんといふ
なんといふしほらしさぞよ
という一節があります。
このように白魚を歌った人々は、白魚の躍り食いを供された時、大喜びでいきなりパクついたでしょうか。やはり、私と同じように箸を出すのをためらったのではないでしょうか。
もちろん、世間は私のような弱気な人間ばかりではありません。
昼深く生ける白魚をすすり食ぶ 五所平之助
――「白魚」
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■ 歌で味わう日本の食べもの│塩田丸男|白水社|2005年 02月|ISBN:9784560027752
★★★
《キャッチ・コピー》
和歌や俳句に詠まれた食べものについて考察。「世界一の歌う民族」である日本人が、「世界で一番たくさんの種類の食べもの」を食べる日本人の見事な食いっぷりをどのように歌ってきたか、また現在も歌い続けているのかを綴る。
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