ピート・ハミル/雨沢泰・訳■ マンハッタンを歩く
「みとめるのは嫌なんだがね」と、ある親しい友人が言った。「貿易センターの古い写真を見る
と、ときどきノスタルジアがこみあげてくるよ」〔…〕
ニューヨーク版のノスタルジアは、人が若いころともに暮らした建物が失われただけにとどまらない。永遠の喪失感覚を運命的に受け入れることも含んでいる。
これから先も変わらないものは何もないだろう。火曜日は水曜日になり、価値のある何かが永遠に後ろへ去ってしまう。“ある”が“あった”になる。失くしたものがなんであれ、それはもう取り戻せない。深く愛された兄弟も、あの球団も、あの豪華なバーも、その後結婚する相手とダンスしにいったあの店も返ってこない。
ニューヨークでは元どおりになりえない変化があまりにめまぐるしく起きるため、その体験が町自体の性格に影響を及ぼす。ニューヨークは住人に、ノスタルジアという真実の感情を持たせることで、感傷癖におちいらないように人々を鍛えている。感傷癖にはつねに虚飾がついてまわる。それに対してノスタルジアは過ぎ去った現実にまつわることだ。本心から虚飾を悲しむ者は誰もいない。
――ノスタルジアの首都
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■ マンハッタンを歩く│ピート・ハミル/雨沢泰・訳|集英社|2007年 08月|ISBN:9784087734379
★★★
《キャッチ・コピー》
生粋のニューヨークっ子が、故郷マンハッタンの歴史を、ときに熱く、ときに冷静な目で語る自伝的エッセイ。ニューヨークの通りに刻まれた歴史と大切な思い出が、魔法の筆致で甦る。
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