« 山田風太郎/日下三蔵■ わが推理小説零年――山田風太郎エッセイ集成 | トップページ | 村上龍■ 案外、買い物好き »

2008.03.03

今村核■ 冤罪弁護士

20080303imamuraennzai

私は若いころは、被告人が無実であるならば、弁護人が本当に全力をつくせば救済できると考えていた。しかし、ただの「恐いもの知らず」だったのだろう。

ここ数年、一審から全力で取り組んだのに、一審、二審と救済し得なかった事件を一度ならず経験し、日本の刑事裁判に対し絶望に近い気持ちを一方で抱くようになった。〔…〕

 ここ数年、無罪判決を受ける人々は、年間数十名ほどしかいない。しかし無実であるのに有罪判決を受けている人々の数は、それよりかなり多いのではあるまいか……。〔…〕

 しかし私の経験では、ごくふつうの暮らしをしている人々が、冤罪の犠牲にされている。日常生活のとなりには見えない陥穽が口をあけており、無関心は、その陥穽を広げるであろう。

 死刑などの大事件ではなく、たとえば罰金だとか軽い懲役刑、執行猶予がついたりする事件では、たとえ無実であっても、被告人は司法に絶望してたたかいをあきらめる。こうして冤罪・誤判が闇に葬られている。

■ 冤罪弁護士│今村核|旬報社|2008 01月|ISBN9784845110650

★★★★

《キャッチ・コピー》

日本の刑事裁判の有罪率が99.9%を超えることはあまり知られていない。現役弁護士が冤罪の「カラクリ」に迫る。自身がひとりの弁護士としてかかわって来た「身近な冤罪事件」を取り上げた。

memo

冤罪を知るには、電車で痴漢に間違えられた青年が裁判で自分の無実を訴える姿を描いた映画『それでもボクはやっていない』(周防正行監督)とともに、本書も必読。

 

|

« 山田風太郎/日下三蔵■ わが推理小説零年――山田風太郎エッセイ集成 | トップページ | 村上龍■ 案外、買い物好き »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 山田風太郎/日下三蔵■ わが推理小説零年――山田風太郎エッセイ集成 | トップページ | 村上龍■ 案外、買い物好き »