川上弘美■ ほかに踊りを知らない。――東京日記2

下北沢に映画を見に行く。
白黒の、小沢昭一の出る映画である。
小沢昭一は、1本めではそば屋のおにいちゃん、2本めは贋学生、3本めは遊廓に出入りする貸本屋の役をしていた。
どの人物も、ものすごく○○な面白さをたたえているなあ、と思うのだが、○○の中に何が入るか、喉元まで出てきているのに、どうしてもぴったりの言葉が見つからない。
三本めの最後の方で、ようやく「シュール」という言葉を思いつく。
シュール
と、頭の中で何回も繰り返す。
ずいぶん久しぶりに使う言葉である。たぶん、13年ぶりくらいだ。13年も使っていなかった言葉を思い出させてくれたことが何やらありがたくて、今回は坤吟せずに、かわりに少し、泣いてみる。
家に帰ってから、映画の中の小沢昭一の顔を思い返す。 若々しい表情だったが、ほんの時たま、ふっと、今の小沢昭一そっくりに見えることがあった。
40年ほど前の映画なわけだから、一瞬、40歳も年をとるわけである。そう思ったとたんに、またなにやら泣きたい気持ちになって、少し泣く。
――シュール。
*
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■ ほかに踊りを知らない。――東京日記2|川上弘美|平凡社|2007年 11月|ISBN:9784582833799
★★★
《キャッチ・コピー》
たんたんと、時にでこぼこ、どこかシュールに、日々は流れる…。不思議で可笑しく、ちょびっと切ない。カワカミさんの、5分の4(くらい)はホントの、日々のアレコレ。
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