森彰英■ 音羽の杜の遺伝子
動き回っていると、不思議と「女性自身」の初代編集長・黒崎勇の言葉を思い出した。黒崎は講談社で野間清治の薫陶を受けた最後の世代で、毎夜、日直と呼ばれる制度に交代で参加したという。
野間は床に就くとき、3、4人一組の日直に本を朗読させる。黒崎らは小説、落語、講談、歴史、処世ものなど、万般にわたるジャン〜から一冊を選び、野間が眠りにつくまで枕元で朗読した。
その黒崎は講談社流の「小技」について僕たちにいろいろ言ったが、何やらジャーナリズムの哲理めいたフレーズをよく口にした。
「人間は、全然知らないことを知ろうとする意欲よりも、よりくわしく知りたいと思うことに積極的になるものである」〔…〕
「群集に呼びかけるのではなく、群集の中の個に呼びかける方法でいけ。読者相手にスピーチをやるな。『ささやき記事』にしよう」
黒崎語録は古今東西の哲学者や心理学や言論人の著作に負うている部分が多い。しかし現場体験に裏打ちされた、生きた行動論理としての強さを持っている。実際に現場を体験した者でないと、語録の深さは分かりにくい。人にあったり街を歩いたりしながら、僕はそう実感した。
――第5章「大技」「小技」取り混ぜて
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■ 音羽の杜の遺伝子|森彰英|リヨン社│2003年05月│ISBN:4576030892
★★★
《キャッチ・コピー》
講談社・野間清治からはじまり、光文社へと受け継がれる大衆娯楽雑誌や書籍づくりのノウハウ。これらのメディアは国民の圧倒的な支持を受ける。そんな音羽空間に浮遊する遺伝子をとらえ、その周辺を描く。
《memo》
あとがきに「従来のメディア史ともベストセラー物語とも、名編集者、名ライター列伝とも違う形のノンフィクションを書いてみたい」とある。
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