鴻巣友季子■ やみくも――翻訳家、穴に落ちる
いまは、ナンバーワンになろうとはもちろん言わない。大事なのは「ピュアなモチベーション」だ。〔…〕
一部の幼稚園や小学校の運動会では、優劣をつけることを避け、かけっこでも手をつないでゴールインさせる、というのが問題になったりもした。
ナンバーワンからオンリーワンの時代へ、と揶揄されもした。難儀な時代だ、と思う。
小学校のころ運動会といえば、わたしにはかけっこが唯一の救いだった。喘息もちで長く運動していると発作がおきるので、短時間で勝負のつく50メートル走が勝負どころだった。〔…〕
一番があって二番があって挫折があって立ち直りがあった。単純だった。
おとなたちも一等をめざせと言う一方で、負けた子のもり立て方が上手かったんだと思う。一等をめざして(いるふりをして)いれば、とやかく言われないんだから、思えば楽だった。いまはまず、自分探しをしなくてはいけない。〔…〕
……いまの子どもたちは自分を見つけないかぎり、スタートラインにも立てない。走りもせず、負けもせず、挫折もできないとは、なんと残酷な人生なのだろう。
――ぼくを探しに
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■ やみくも――翻訳家、穴に落ちる│鴻巣友季子|筑摩書房|2007年 12月|ISBN/JAN:9784480816597
★★★
《キャッチ・コピー》
翻訳とは、単に言葉を置き換えるのではなく、「やみくも」に回り道した末に、目指していたのとは違う目的地を見つけながら文化を伝えること。そう信じてやってきた著者が贈る、「やみくも文化宣言」。
《memo》
画・さげさかのりこ、装幀・野澤享子が抜群。
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