桜庭一樹■ 桜庭一樹読書日記――少年になり、本を買うのだ。
〈別冊文藝春秋〉の連載「私の男」の第4回を書く、心の準備をし始める。緊張している。ここまでの原稿を読み返して、ノートを開いて、考え、感じて、メモを取りながらひたすら音楽を聴く。
食べ物の味が消えて、やがて肋骨が背中側まで浮き出てくる。本は読まない。読めない。暗い部屋で音楽を聴いている。〔…〕
十二月某日
音楽を聴いている。
部屋の中は暗い。
原稿が暴れ始める。怖ろしい。振り回されているような感じがする。眠れない。食べられない。鏡を覗くと顔が幽鬼のようだ。
原稿の中の時間と人間がすべてになって、自分が消える。作家は小説の影に過ぎない。わたし自身はもうどこにも存在しない。
十二月某日
五日経って、書き終わる。百二十枚ぐらいある。担当氏にメールで送る。倒れる。ほんとうに起き上がれない。もう離れていいのに、小説の世界がまったくからだから離れない。小説が肩に乗って、からだをのっとろうとしているみたいに、不安と恐怖でずっと揺さぶっている。
――2006年12月
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■ 桜庭一樹読書日記――少年になり、本を買うのだ。|桜庭一樹|東京創元社|2007年 07月|ISBN:9784488023959
★★★
《キャッチ・コピー》
桜庭一樹は稀代の読書魔である。ほんとうに毎日本を読むのである。日々、読書にまつわるすごいことを発見し、傑作の前を歌って通りすぎ、新宿と鳥取を行き来しながら小説の執筆にいそしむのだ。縦横無尽に読んで過ごした、疾風怒涛の一年間。『Webミステリーズ!』連載。
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