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2008.06.11

石川巧■「国語」入試の近現代史

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入試現代文の定着によって、私たちは、言葉をありのままに受け容れていくことができなくなり、文章を読みながら、同時に、そこに書かれている事柄を説明したり、別の表現に置き換えたり、簡潔にまとめたりといった作業をするような読み方になったのである。

本書の関心はその点にある。われわれが自明のものとして捉えている「読む」という行為は、素材としての言葉を加工・矯正していく技術であり、われわれは入試現代文を読み解くようにしか文章を読めなくなっているのではないか。

そして、そうした目に見えない抑圧が抑圧としてすら感じられなくなり、わたしたちの思考に内面化した状態が保たれることで、国民の言葉=国語は成立しているのではないか。

入試現代文が要請するルールに則って文章を「読む」ことに疑問を感じることすらなく、それをリテラシー能力だと思い込んでいるわれわれにとって、それはひとつの革命防止装置なのではないか。

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■「国語」入試の近現代史|石川巧|講談社|2008 01月|ISBN9784062584050

★★★

《キャッチ・コピー》

読解力を問う「現代文」科目は、客観性と公平性をどう実現するかという難問にさらされてきた。大正期からマークシート化に至るまで、入試問題がどのように国民の言葉=国語を規定してきたのか、歴史的な文脈を明らかにする。

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