関川夏央■ 家族の昭和
昭和26年(1951)に公開された松竹映画『麦秋』は小津安二郎47歳の作品で、北鎌倉に住む中流家庭の物語である。〔…〕
家族には全盛期がある、といっている。
家庭をつくった当初は、子育てで忙しい。仕事もしざかりだ。子供たちは大きくなり生意気になるが、それさえ好ましい。まだ対人関係障害は家庭に侵入してはいない。引籠りも刃物沙汰も昭和20年代の日本にはない。
そうして家族は全盛期を迎える。だが、全盛期があれば落日期があるのはことわりだ。〔…〕
その落日期の家族像を、小津安二郎は昭和28年『東京物語』にえがいた。〔…〕
小津作品における笠智衆の老父の役名が、平山、曾宮、杉山と姓はかわっても名前はみな周吉であるように、原節子の役名は小津作品ではたいてい紀子である。小津安二郎にとって、周吉も紀子も、昭和戦前の文化を戦後に引継ぎつつ落日する中流階層の家族そのものである。〔…〕
家族の全盛期に下降期・落日期がつづき、そのあとには、親の死を契機とした「家族解散」がある。
小津安二郎最後の作品は、昭和37年の『秋刀魚の味』である。
――終章 家族のいない茶の間
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■ 家族の昭和|関川夏央|新潮社|ISBN:9784103876045|2008年05月
★★★
《キャッチ・コピー》
にぎやかだった茶の間。あの「家族」たちは、どこへ行ったのか―。向田邦子、吉野源三郎、幸田文、そして「金曜日の妻たちへ」…。「家族」の変遷から見た「昭和」の姿。
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