酒井啓子■ イラクは食べる――革命と日常の風景
マクルーバという料理が、ある。〔…〕
鍋底に羊肉、野菜を敷いて、米を乗せて、炊く。できあがったら、上手に大皿の上にひっくり返し、まるでケーキのように肉、野菜、米がきれいに層を成していれば、成功だ。〔…〕
マクルーバというこの料理は、名前自体がカラバ、つまり「ひっくり返す」という動詞の受動態から来ていて、直訳すれば「ひっくり返されたもの」という意味だ。
イラクで2003年以降に起こったことは、いろいろな意味でさまざまなことが「ひっくり返った」事件だった。
米英や、それに追随した有志連合軍がフセイン政権をひっくり返し、その英米が期待したリベラル親米政権の樹立という将来像をひっくり返して、イスラーム政権が成立した。〔…〕
他国への軍事介入は主権侵害、とする従来の国際政治の「常識」が米軍の攻撃でひっくり返され、かつて植民地支配だと糾弾された外国の支配が、「復興」とか「人道支援」といった美名へと価値転換される。
このひっくり返った現状は、9.11という衝撃が生んだ、一時的なものなのだろうか。
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■ イラクは食べる――革命と日常の風景|酒井啓子|岩波書店|ISBN:9784004311256 |2008年04月|新書
★★★☆☆
《キャッチ・コピー》
米英軍によって「解放」されたイラクでは、イスラーム勢力が力を伸ばし、政治権力を握る一方で、イラク人どうしが暴力で対立する状況が生まれた。
だが、どんなに苛酷な環境にあっても、人びとは食べ続ける。アラブのシーア派やスンナ派社会、クルド民族、そして駐留外国軍の現在を、祖国の記憶と結びついた料理や食卓の風景とともに描く。

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