浅田次郎◆つばさよつばさ
わが国においても、人間がおしなべて暴力的になったことはたしかであろう。
倫理感の欠如であるとか、教育の不備であるとか、果てはテレビや映画やゲームの影響であるとか言われるけれども、私は何をさし置いても、感情を制御し担保するだけの言語力の低下が主たる原因であろうと思う。
言葉は明らかに退化しているのである。〔…〕
本来は対面して語りかつ聞くべきである言語が、電話機の登場によって対面せずとも可能になり、さらにコンピューターの普及によって、対面もせず語りもせずに意思の疎通が図れるようになった。〔…〕
言葉の今日的な退化とは、おそらく活字ばなれに起因しているのではなく、対面して発声することのなくなった対話の実態が、最も重大な原因なのではないかと私は思う。〔…〕
この現実に活字ばなれが加われば、感情を制御し担保するだけの言語は失われ、そのとたんに人間は暴力による感情表現をなさねばならなくなる。
――「他人の空似」
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◆つばさよつばさ|浅田次郎 |小学館 ISBN:9784093877442 |2007年10月
★★★★
《キャッチ・コピー》
1年の1/3を旅の空に過ごしている。「旅」を綴った珠玉のエッセイ集。J
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