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2009.01.29

多田富雄◆寡黙なる巨人

20090129tadakamokunaru

なぜ歩くことにこうもこだわるのだろうか。

自分は障害者である。どうしても車椅子からは自由になれない。そうだとしたら、歩けなくてもいいではないか。もう半年も一歩も歩かずに生きてきた。歩くのを諦めたって生きていける。

苦しいリハビリを毎日しなくても、ほかに快適な生き方があるはずだ。電動車椅子に乗って動けばいいのだ、と思う人がいると思うが、そうではないのだ。どんなに苦しくても、みんなリハビリに精を出して歩く訓練をしている。なぜだろうか。

それは人間というものが歩く動物であるからだ。直立二足歩行という独自の移動法を発見した人類にとっては、歩くということは特別の意味を持っている。

400万年前人類とチンパンジーが分かれたとき、人は二足歩行という移動法を選んだ。それによって重い脳を支え、両手を自由に使えるようになった。この二つの活動は互いに相乗的に働き進化を加速させた。

歩くというのは人間の条件なのだ。だから歩けないというのは、それだけで人間失格なのだ。

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◆寡黙なる巨人|多田富雄 |集英社|ISBN9784087813678 200707

★★★+

《キャッチ・コピー》

世界的な免疫学者・多田富雄は、2001年、脳梗塞に倒れ、言葉を失い右半身不随になった。しかし、重度の障害を背負いながら、現在も著作活動を続けている。

多田富雄■ 懐かしい日々の想い

多田富雄■ 独酌余滴

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