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2009.02.08

五木寛之◆遊行の門

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『風姿花伝』、すなわち世阿弥があらわした能楽論の集成だが、そのなかでことに有名なものに、

「時分の花」

と、いう一節がある。

一般にはすぐに散ってしまう一時的な魅力、といった感じで、その表現が使われることが多い。「さりながら此花は、まことの花にあらず」というわけだ。〔…〕

少年の美しきは、たしかに「時分の花」だろう。そして70歳、80歳になってもなおみずみずしい名人の至芸は、さぞすばらしいことだろう。

しかし、もし私が大名の一人で、能役者に舞いを演じてもらうなら、永遠に変わらぬ至芸の老人より、いま、この一瞬だけでも人を魅了する美しい少年の「時分の花」を見たいと願うにちがいない。

なぜなら、それは、たちまちにして失われてしまう時代の一瞬の花だからだ。

花は咲き、そしてしぼむ。その移り変わるさまを一瞬の記憶にとどめておきたいというのは、ばかげた思いだろうか。

時代はうつろう。この世は「虚仮」である。だからこそ、移りゆく時代の流れとともに遊ぶ生き方もあるのではないか。

――「一億総ウツ時代の遊び方」

*

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◆遊行の門|五木寛之 |徳間書店 |ISBN9784198626129 200809

★★★

《キャッチ・コピー》4

「一億総うつ時代」をあなたはどう生きるか? 人生の節々にある遊行の門。それを見つけ出し、叩いた者が輝ける自分自身をつかむ。人は生きているだけで価値がある。不安なこころを支える言葉。

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