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2009.03.14

小西甚一◆日本文学史

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光源氏が藤壷と道ならぬ契りを結ぶのも、須磨にわびしい年月を送るのも、柏木が女三の宮に惹きつけられていったのも、浮舟が死を決しなくてはならぬような恋に捉えられたのも、

みな、生まれない前からの因縁によって決められた「なりゆき」にほかならぬと意識されている。

宿世は、どうすることもできない。しかも、宿世は、輝やかしい幸福よりも、悲惨な不幸をもたらしがちである。

だから、人の世は、憂き世とよばれる。人は、このような憂き世に再び生まれたくないと思っても、宿世は、それを許さない。

この世でなした「わざ」は、また、次の世に対する因縁となって、どこまでも生まれかわり死にかわり、絶えるときが無いのである。まことに怖るべきは宿世であった。

『源氏物語』のなかの人びとは、常に、宿世に怖れ戦のいている。

姦通といったような事件に対しても、光源氏や柏木は、あまり道徳的な責任を感じていない。かれらを慄然とさせたのは、そういう「なりゆき」に陥らせた宿世の怖しさなのである。

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◆日本文学史|小西甚一 |講談社 |ISBN9784061590908 199309月|文庫

★★★

《キャッチ・コピー》

文芸作品の内なる表現理念=「雅・俗」の交錯によって時代を区分したところに本書の不滅の独創がある。健康で溌溂とした「俗」を本性とする古代文芸、端正・繊細な「雅」を重んずる中世、また古代とは別種の新奇な「俗」を本質とする近代。長く盛名のみ高く入手困難だった「幻の名著」の待望の復刊。

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