加藤典洋◆文学地図――大江と村上と20年
たぶん、分水嶺は1987年だったのだろう。この年の9月に村上の『ノルウェイの森』が上梓され、翌10月、踵を接するように大江の『懐かしい年への手紙』が出た。
前者はほどなく大ベストセラーになったこともあり、文学の世界ではさんざんな不評に見舞われることになる。
他方、後者は、一般にはそれほど売れなかった代わり、従来からの文学の読み手、いわゆる知的階層、文学の権威筋には高い評価を受けた。
筆者はこの評判高い『懐かしい年への手紙』をよくは読めなかった。〔…〕
その一方で、さまざまな小さな反発に似た反応をおぼえながらも、『ノルウェイの森』を読み、そこに出てくる緑という新しいスタイルの登場人物の魅力にひきつけられた。〔…〕
この小説がベストセラーとなると、多くの文学の専門的な論者がこれをバッシングするようになったが、この一種のヒステリー現象を見て、はっきりとこれを擁護しなければならないと感じた。
――「大江と村上-1987年の分水嶺」
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◆文学地図――大江と村上と20年|加藤典洋 |朝日新聞出版 |ISBN:9784022599506 |2008年12月
★★★
《キャッチ・コピー》
大江健三郎と村上春樹は、同じモチーフから出発していた! 世界的な評価の高さと裏腹に、背反する2人の小説家の変遷と、この20年間に発表された日本の小説を解読した果てに見える、新しい文学の見取り図。著者初の現代文学の状況論&文芸時評集。
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