« 宇都宮健児/湯浅誠◆反貧困の学校――貧困をどう伝えるか、どう学ぶか | トップページ | 萩原朔美◆死んだら何を書いてもいいわ――母・萩原葉子との186日 »

2009.04.07

湯浅誠◆反貧困――「すべり台社会」からの脱出

20090407yuasahanhinkon

人々に働く場所や住むべきアパートを確保できないという社会の不自由、社会の〝溜め″のなさによって、野宿者や「ネットカフェ難民」が生み出されている。貧困問題も、本人の「間題」ではなく、社会の「問題」である。〔…〕

貧困が「あってはならない」のは、それが社会自身の弱体化の証だからに他ならない。貧困が大量に生み出される社会は弱い。

どれだけ大規模な軍事力を持っていようとも、どれだけ高いGDPを誇っていようとも、決定的に弱い。そのような社会では、人間が人間らしく再生産されていかないからである。誰も、弱い者イジメをする子どもを「強い子」とは思わないだろう。

人間を再生産できない社会に「持続可能性」はない。私たちは、誰に対しても人間らしい労働と生活を保障できる、「強い社会」を目指すべきである。

*

*

◆反貧困――「すべり台社会」からの脱出|湯浅誠 |岩波書店 |ISBN9784004311249 200804月|新書

★★★

《キャッチ・コピー》

うっかり足をすべらせたら、すぐさまどん底の生活にまで転げ落ちてしまう。今の日本は、「すべり台社会」になっているのではないか。誰もが人間らしく生きることのできる「強い社会」へ向けて、課題と希望を語る。

堤未果■ ルポ貧困大国アメリカ

大塚秀之■ 格差国家アメリカ――広がる貧困、募る不平等

宇都宮健児/湯浅誠◆反貧困の学校――貧困をどう伝えるか、どう学ぶか

|

« 宇都宮健児/湯浅誠◆反貧困の学校――貧困をどう伝えるか、どう学ぶか | トップページ | 萩原朔美◆死んだら何を書いてもいいわ――母・萩原葉子との186日 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 宇都宮健児/湯浅誠◆反貧困の学校――貧困をどう伝えるか、どう学ぶか | トップページ | 萩原朔美◆死んだら何を書いてもいいわ――母・萩原葉子との186日 »