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2009.06.22

水村美苗◆日本語で書くということ

20090622mizumaranihongodekaku

しかしわたしはあえて文学が生き続けるのを信じる。それは、書物が与える快楽は書物固有のものだからである。

書かれた言葉は他の媒体に還元できない。大衆文化のなかで書物がその威光を失うであろうことは前世紀から予言され続け、実際、現実はその通りに動いているようにみえる。

しかし書かれた言葉がやがて音声や映像に取って代わられるだろうというような思いこみは、鋭敏な歴史意識からくるものではない。

それは、書かれた言葉のみが与え得る快楽に対する鈍感さからくるものである。書物がビデオに取って代わられて不満を覚えない人間はしょせん書物に無縁な人間である。〔…〕

いったん文字文化を知った人類は、何が起ころうと、書物固有の愉びを放棄することはありえないからである。火を知った人類は火を放棄することはなかった。

――「この世紀末、文学に希望がもてるか」

*

◆日本語で書くということ|水村美苗|筑摩書房|ISBN9784480815026200904

★★★

《キャッチ・コピー》

話題作『日本語が亡びるとき』は、なぜ書かれることになったのか? そんな関心と興味にもおのずから応えることとなる姉妹篇。書くことへの希望や日本近代文学にふれたエッセイ&評論。

水村美苗◆日本語が亡びるとき――英語の世紀の中で

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