井上章一◆愛の空間
文学作品中の描写が、歴史資料としてそれほど役にたつわけではない。
小説などには、表現の誇張がある。作者の空想でえがかれる部分も、ないとは言えない。慎重な歴史家なら、資料としての利用はひかえよう。
私も、その点はあぶなっかしく感じていた。だから、全面的にそれらへ依存してはいない。他の記録類にも、はばひろく目はとおしている。新聞や雑誌の記事、ルポルタージュ、各種統計、警察の報告などもチェックした。
にもかかわらず、愛着があるのは、小説や自伝のなかで散見する記録である。
なんといっても、感情のあやがうかがえるという点で、これらは群をぬいている。
エピソード風にしか活用できない難もあろうが、しかしエピソードはゆたかになる。データあつめに手間がかかっても、あえてその渉猟にこだわったゆえんである。
――あとがき
*
◆愛の空間|井上章一|角川書店|ISBN:9784047033078|1999年08月
★★★★
《キャッチ・コピー》
終戦直後には「皇居前広場」という言葉が性交を連想させるほどに、かつては野外性交が一般的だった。しかし、待合、ソバ屋、円宿、ラブホテルなどの施設がうまれ、人々はもっぱら屋内で愛し合うようになる。日本人の男女が愛し合う場所の移り変わりを探る、性愛空間の建築史。
《memo》
『ノンフィクションと教養』所収、原武史選定ノンフィクションベスト10のうち。「井上章一の本は、すべてが優れたノンフィクションだと言っても過言ではない」(原)。
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