中上健次◆紀州――木の国・根の国物語
古座。ここは紀州を経巡る旅の初めに立ち寄った場所だが、伊勢を過ぎて、この土地に再び来たのは、古座の土地の人から事実とルポルタージュ古座篇の違いを指摘されたからだった。
「事実」それを求めるのに私もやぶさかではない。それに古座とは、私の偏愛の土地である。私の母親はここで生まれたし、祖母がその古座に住んでいたので、母は新宮から何かれと帰りたがった。実際、何度行っても、人の心を魅く風景である。〔…〕
正直、その会合に出席するに当たって、私は被差別部落の住民から手ひどい糾弾があるだろうと予想していた。というのも、私は、言葉を持っているのである。
どんな事であれ、言葉を持っている者は書き言葉を持たぬ者の“批判”にさらされる義務がある。ひとまずそれらの者を無告の民としよう。
言葉は無告の民から汲みあげ、その汲みあげたものを無告の民にむかって放ってこそ、輝きも活力もある。
――「古座川」
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◆紀州――木の国・根の国物語|中上健次|角川書店|ISBN:9784041456118|2009年01月|文庫
★★★★
《キャッチ・コピー》
神話と伝説、そして敗者の地、故郷・紀州。その自然の核を探り当てたい。生の人生を聞きたい。地霊と言葉を交わし、美しさのおおもとを見たい。この土地に生まれ、生活する人々の声を求め、中上は歩き廻り、立ちどまり、また歩く。ルポルタージュの歴史的快作。
《memo》
『ノンフィクションと教養』所収、佐野眞一選定ノンフィクションベスト10のうち。
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