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2009.08.17

ノンフィクション100選★牙――江夏豊とその時代|後藤正治

Nonfiction100

2002

1回裏、有藤、基、長池とすべて空振り三振。2回裏、江藤、土井と空振り三振。東田は外寄りの真っ直ぐを見送った。〔…〕

バッテリー以外、球は来ない。内野陣は三振を取ったあとのボール回しをするだけである。

ベンチに帰ると、監督の川上哲治は江夏にこう声をかけた。

「おい、もう野手はいらんな」〔…〕

9連続三振――。プロ野球でオールスターゲームが続く限り語り継がれるだろう。〔…〕

偉業を達成した瞬間、江夏は左手を上げ、頭上で拳とグラブをぽんと合わせ、やや伏目がちにベンチに向かって歩き出している。喜びを表す大仰な仕種はない。〔…〕

短い歳月の間に多くのことがあった。故障、病、そして心の傷。すでにひと通りもふた通りも人生の体験を潜り抜けたという疲労感さえ漂っている。〔…〕

以降、江夏の野球人生は、光源はときにまぶしいばかりの明かりを発光しつつ、同時にその翳も増していったように見える。

★牙――江夏豊とその時代|後藤正治|講談社|ISBN9784062108621200202

memo

タイガース時代の江夏豊を描いたノンフィクション。――江夏豊を記憶すべき3つの試合。

 第1は、1971717日、オールスターゲーム第1戦(西宮球場)での9者連続奪三振である(上掲)

 第2は、1979114日には、近鉄バファローズとの日本シリーズ最終第7(大阪球場)1点リードの9回裏、みずから無死満塁のピンチをまねくが後続を断ち、広島を日本一に導いた。私はテレビ観戦していたが、マッチポンプじゃないかと、いい印象をもたなかった。世にいう“江夏の21球”である。山際淳司『スローカーブを、もう一球』(1981)所収。

3は、1973830日、中日戦での延長戦(11)ノーヒットノーランの達成(甲子園球場)11回裏に自らサヨナラホームランを放つ。

それとも、この年1020日の中日戦をあげるべきか。これか21日リーグ最終戦の対巨人のどちらかに勝てば阪神優勝というとき、球団社長に呼ばれ「明日の中日戦に勝ってくれるな」といわれる(『左腕の誇り――江夏豊自伝』(2001)。けっきょく江夏は阪神で優勝を経験できなかった(のちに広島、日本ハムでは“優勝請負人”とよばれたが)

 これは小説だが、江夏が登場して驚かせたのは、小川洋子『博士が愛した数式』(2003)である。事故の後遺症で記憶が80分しか持続しない博士と、家政婦とその息子「ルート」とのふれあいを描いた作品。

博士の記憶は事故にあった1975(江夏、阪神最後の年だ)でとまっている。ルートから「江夏はトレードされたよ」といわれ、博士は「なんてことだ。江夏が縦縞にユニフォーム以外を着るなんて……」と髪をかきむしるのである。ルートは自分が生まれる前の江夏について調べる。「江夏の背番号は28だった。江夏は完全数を背負った選手だった」

完全数とは、その数自身を除く約数の和が、その数自身と等しい自然数のことである。例えば28(=1+2+4+7+14)が完全数。

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