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2009.08.27

ノンフィクション100選★この三十年の日本人|児玉隆也

Nonfiction100

1975

彼女は、その主たる“菌”の、密室の管理者である。彼女は、自民党の機構の中に、咲くべくして咲いたあだ花である。鬼っ子であるかもしれない。〔…〕

田中ほど“世の中”をよく知る政治家はなく、支える彼女もまた幼時から“世の中”を体験で知っている故に、二人のものさしは、人生を計るにも、風土を計るにも、同じ長さをもっていたのだろう。

佐藤昭という閉ざされた扉の奥に住む46歳の女性は、政治の“ダーティ・ワーク”の中で光彩を放っている。

ダーティ・ワークはあくまで暗室の作業であって、外に光が洩れることはない。暗室に外からの光が射しこむと、彼女が預かる印画紙は田中角栄の影を露呈してしまう。

福田にも三木にも、大平、中曾根にも、暗室はある。ただ、暗室の暗さの光度が、他よりも暗いということだろう。

――「淋しき越山会の女王」

★この三十年の日本人|児玉隆也|新潮社|19757月|ISBN:9784103079019

児玉隆也は、23歳で光文社に入社し、「女性自身」編集部で「シリーズ人間」等で活躍。35歳でルポライター(ノンフィクション作家という言葉はまだなかった)として独立。37歳のとき「淋しき越山会の女王」で一躍脚光をあびたものの、翌19755月、肺がんで死去した。38歳。

「淋しき越山会の女王」は、立花隆「田中角栄研究――その金脈と人脈」とともに、「文藝春秋」197411月号に掲載された。これで田中金脈問題に火がつき、12月に田中は首相の座を下りた。そのころわたしは毎月文春を読んでいたが、社内昇進試験がせまってきたため、その号から買うのをやめたので、あとで悔しい思いをしたことを憶えている。

そのせいか「淋しき……」発表後、『君は天皇を見たか』(19752)、『一銭五厘たちの横丁』(2)、死去後、本書『この三十年の日本人』(7)、『ガン病棟の九十九日』(9)、『現代を歩く』(19762)と矢継ぎばやに出版された本を、どれも購入した。

 このうち『一銭五厘たちの横丁』は、昭和18年に桑原甲子雄が東京の下町で出征兵士の留守家族を撮影した99枚の写真をもとに、その30年後を訪ねた記録である。ろうそく屋、麩屋、金具屋、指物師、たくあん屋、靴屋、竹細工職人、ペンキ職人、泡盛屋、下駄屋、皮の打抜屋などと判明するが、圧倒的に「不詳」が多い。「天皇から一番遠くに住んだ人びとの、一つの昭和史を聞き取る」と児玉は書いた。

児玉隆也の評伝が死去後28年を経て出版された。坂上遼『無念は力――伝説のルポライター児玉隆也の38年』(2003)である。児玉とは面識のなかった探訪記者・坂上遼のまなざしはあたたかい。以下同書から。

――私も児玉さんについて最初は「正義のルポライター」というイメージで接してきた。ところが、取材の途中から虚像と実像のギャップが大きく、何度も筆が止まってしまった。しかし、私は「けっこういい加減なところもある」ジャーナリストのほうが好きだし、案外本当のところで信用できるのは、この手の人が多いと思っている。私自身を含めて「取材すること」を生業としてきた者が共通して抱える「志」や「原点回帰」、「功名心」や「上昇志向」といった諸々の思いや矛盾を一身に背負った姿がそこにはあった。

 

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