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2009.09.28

ノンフィクション100選★力道山の真実|門茂男

Nonfiction100

1985

「まざれもない木村のサインだぜ、拇印まで捺している。

二枚目を早よう読んで見たたまえ。木村ってヤツの正体がハッキリするから。

“力道山のパートナーをやっていると、いつも自分は負け役ばッかりだ”といって真剣勝負でどッちが強いか決着をつけようと、このわしに挑んで来たのは木村政彦だ。

それがどうだい。真剣勝負をやろうと言い出した当人がこんな八百長試合をこのわしに申し入れて来たんだ……」

力道山は木村政彦の八百長申入れをこのように証言するのであった。

二枚目の確約書の内容は次のようなものであった。

〈確 約

昭和三拾年内第二回日本選手権試合二際シテワ力道氏二対シ、勝ヲユズル事

昭和二十九年十一月二十六日

右 木村政彦 拇印

力道山君〉

★力道山の真実――門茂男のザ・プロレス①|門茂男|角川書店|19854

 『門茂男のザ・プロレス365という幻の本がある。プロレスの暗部を告発する“暴露本”とされる。19815月から19849月までに全8巻が門茂男プロレス全集刊行会から発行されたという。自費出版だったのか。全巻を手に入れるのは不可能である。

このうちPart1Part7より抜粋し、加筆・再構成したものが、角川文庫『門茂男のザ・プロレス』3巻である。門茂男は、内外タイムス、東京スポーツの記者、のちに日本プロレスリング・コミッション事務局長。

いしかわじゅんはこう紹介する。「過剰の人だった。門茂男はプロレス界で地位を得たがそれを追われ、団体と幹部レスラーに消せぬ恨みを持っていた。その地獄の業火のごとく燃え上がる恨みを晴らすべく、敢然と大部の著作を発表し始めたのだ」(「現代プレミア」(2009))

これが『門茂男のザ・プロレス365である。

「プロレスとテレビジョンは日本において、二卵性双生児」(Ⓒ森達也)。テレビが放送を開始した翌年、19542月、力道山・木村政彦組と、ベンとマイクのシャープ兄弟組との世界タッグ選手権試合。3連戦の初日は、NHKで放送された。新橋駅西口広場の街頭テレビには2万人が集まったと記録されている。

 

 そして同年12月、“柔道の木村政彦が勝つかー”それとも“相撲の力道山が勝つか〜”と天下を二分し“今様・巌流島の決戦”とさわがれた試合が、東京蔵前の国技館で行われた。「だが、試合は“1549秒、レフェリー・ストップ”と、まことに呆気なかった」。本書は上掲の「確約書」を写真入りで公開し、一部始終を明かす。

全日本柔道選手権大会をバック・アップしていた朝日新聞は柔道界出身の木村政彦を、ライバル紙の毎日新聞は相撲出身の力道山を庇護していたという。敗れた朝日は、「ルールがあって、なきがごときプロレスの試合はまさに野獣の闘いであり、このままに放置すればプロレスの明日はない」という記事を書いた。これ以降、全国紙やNHKは“八百長”プロレスを取材対象からはずすことになる。

 門茂男のザ・プロレスは②『馬場・猪木の真実』(同時入団した2人はなぜ交わることのない道を選んだのか)、③『群狼たちの真実』(豊登・遠藤・吉村・大木・坂口など“胡散臭い”連中の欲望と挫折)とつづく。

 この1954年、相撲ではわたしの好きな栃錦が横綱になり、のちの初代若乃花と“栃若時代”を築く。中学生だったわたしは、相撲やプロレスを近所の農協で見ていた。人が多すぎて、屋根にのぼって見た。テレビのブラウン管は円形だった記憶がある。

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