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2009.09.06

ノンフィクション100選★自動車絶望工場|鎌田慧

Nonfiction100

1974

1010日 疲れる。手を休めないで働くのは3時間が限度だ。それを5時間も無休で続ける。どうして中休みがないのだろうか。コンベアにハンマーを叩きつけて、「やめた!」と叫んで帰ったらどんなにスカッとするだろう。〔…〕

一直者の班でまた事故が発生したとか。安全運動が一層盛んになった。安全運動といっても精神運動で、まず始業5分前に集合して(実質的な無料の労働時間の延長)、班長が安全スローガンを読み、みんなでこれに唱和する、ということだけ。〔…〕

班長が読み進めていくと、「余裕をもって仕事をすること」という一句があって、かれは、

「これは無理だな、追われているんやから」

とひとりごとをいって割愛。〔…〕

8時半頃工藤君が帰る。眼は充血し、青い顔をしている。2時間半の残業。〔…〕

部屋を出て食堂へ行き、30分ほどで帰ってくると、そのまま万年床に倒れるように寝る。そしてそのまま、朝の明るい日射しの中に頭を突込んで眠ってしまった。

★自動車絶望工場|鎌田慧|現代史出版会|1974

 『自動車絶望工場』は、19729月から翌年2月まで、豊田市のトヨタ自動車で季節工(トヨタでは期間工という)としてベルトコンベアで働いた著者(当時34)のルポルタージュである。

本書によれば、期間工は9月から4月までの間、18歳~50歳の男子が全国各地から集められ、鋳造、組立工場などに投入される。1972年度は、2000名の採用希望者数に対し、1700名程度の充足。今とは逆で求人難の時代であった。

「生産の増大は、労働者に対して残業時間の増大としての長時間労働と、コンベアタクトの短縮としての超密度による労働強化と同時に、駆り集められた期間工たちの浮遊労働力に大きく依存している」(本書)

 わたしは以前トヨタの乗用車の生産現場を見学したことがある。体育館のような工場で吹き抜けの2階にあたる位置に見学コースがある。時間に追われる流れ作業で、しかも“物見遊山”客に“見られている”ストレスはいかばかりかと思った。

 本書で草柳大蔵『企業王国論』(1969)の「トヨタ自動車」の記述を揶揄している箇所がある。

「草柳大蔵という評論家はこの生活についてこう書いている。〔…〕作業がおわれば、600億円を投じた福祉厚生施設がならんでいる……。トヨタは人間までつくっているのではないかと、私は錯覚に似た気持で「偉大なるイナカ」を立ち去った」〔…〕

「こう書くべきだ。〔…〕文字通り11秒も休むことのできない強密度、長時間労働がやっとおわれば、こんどは600億円?を投じたと広報課の係員が宣伝する福利厚生施設という名の収容所に戻る。ここでは、自衛隊出身の守衛がならんで、私生活に目を光らせている……。トヨタは人間まで破壊しているのだ、私は空恐ろしい気持で、“偉大なる自動車工場”で働いている」

 ところが本書は第5大宅壮一ノンフィクション賞(1974)の最終選考作だが、選考委員に草柳大蔵がいたのである。欠席し書面で「自己体験べったり。記録の重みに欠ける」と酷評した。結局、ルポが目的の工場潜入は興ざめするとの他の委員の発言で落選するが、この潜入取材がアンフェアなのかとの議論がおきる。もちろん正しいノンフィクションだ。

200883日の朝日新聞に「日雇い派遣禁止」問題で、鎌田慧がインタビューに答えてこう語っている。

――日雇い派遣で働く今の若者たちが私の本を読むと、好待遇と感じるのだという。自分達は登録している派遣企業から携帯電話に届く求人の連絡を待ち、明日の仕事はあるか、次はどんな仕事だろうと不安を感じながら職場を転々としている。勤務先の企業に直接雇われて3ヶ月、6ヶ月として働け、ボーネスや退職金までもらえるなんてうらやましいじゃないかというのだ。戦後、労働者がこれほど絶望的な気持ちを抱いた時代は初めてだろう。

 200868日に東京・秋葉原通り魔事件が起こった。25歳の男が、歩行者天国の区域へ2トントラックで侵入し5人をはね、通行人・警察官ら14人を両刃のダガーナイフで殺傷した。男は犯行当時、人材派遣会社日研総業と契約し、トヨタ自動車系列会社、関東自動車工業の工場に派遣されていた。逮捕後「生活に疲れた。世の中が嫌になった。人を殺すために秋葉原に来た。誰でもよかった」などと犯行の動機を供述している。

本書を読んだとき“女工哀史”自動車版ともいうべき労働現場だと思っていた。30年を経て『自動車絶望工場』をはるかに超える“絶望”の時代に遭遇するとは思いもしなかった。

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コメント

 鎌田氏のこの著作をはじめて手にしたのは20年以上前の事ですが、とにかく早く終わって欲しい(期間満了)と苦しみながらページをめくった記憶があります。
後半の(再びトヨタへ)編では、もう行くな止せとまで思いました。
惜しまれるのは半年間で、秋から春にかけての「工場潜伏」でTOYOTAを、現場をすべて理解したと思う当時の彼の心境です。
延長の依頼をけって現場を離れバスに乗ります。
半年契約だから、同僚達は次々去っていくし、もういいや・・・と思ったのでしょう。真夏の恐らく40度近くになったであろう作業現場での長時間労働の記述があればよりルポルタージュとの完成度が高まったと思います。
勤め上げた(無期懲役)達の談話も交えて、文章構成したなら・・・・
それではセンセーショナルな作品にはならなかったか?
品質よりも、生産第一!
21世紀になって世界的に叩かれ批判されたTOYOTAを彼はどう思うのか。

製造業、現場係長47歳男性。

投稿: ヨーイチ | 2010.03.21 20:02

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