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2009.09.10

ノンフィクション100選★オーパ! |開高健/高橋曻・写真

Nonfiction100_2

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連日のシケつづきのために私は心身おびただしく疲労し、ルアーをとりかえる気力も失せていた。

アブ社のハイローという、ずっと以前からなじみになっているプラグをただ夕陽のなかで投げては引き、投げては引きしていた。

すると突然……というやつ。ふいに強い手でグイと竿さきがひきこまれたかと思うと、つぎの瞬間、水が炸裂した。一匹の果敢な魚が跳ねた。

右に左に跳んでは潜り、消えては走り、落下しては跳躍した。一瞬で疲労が消え、手がスター・ドラッグに走り、ハンドルに走って、糸を張りつめた。

ここでゆるめるとルアーを吹きとばされてしまう。ブレーキをしめる。竿をしゃくる。二度、三度、しゃくる。ブラウン・トラウトをやったときの、あのコツだ。英雄を手にとって見たければ、疲れさせることだ。

牧場の草むらによこたえて、汗まみれの眼で眺めると、とれはまさに黄金だった。ドラドだった。夕陽が燦爛、その腹の金と、歯の白に輝いた。

★オーパ! |開高健/高橋曻・写真 |集英社|197811

 開高健の釣りエッセイの第1作は『私の釣魚大全』(196910年後に「完本」)である。ある土地にしかいない魚、その土地でしかやらない釣りかたで国内各地を訪ねる。第2作は『フィッシュ・オン』(1971)、こちらは世界釣り歩き。

そして第3作は『オーパ!(1978)。長編にして写真とのコラボの始まりである。19778月から70日にわたるブラジル・アマゾン河のフィッシング冒険紀行。

高橋曻・写真による「オーパ!」シリーズは、「アラスカ篇」(1983)「カリフォルニア・カナダ篇」(1985)「アラスカ至上篇」(1987)「コスタリカ篇スリランカ篇」(1987)「モンゴル・中国篇」(1989)と続く。

また水村孝・写真による南北両アメリカ大陸縦断記『もっと遠く!』『もっと広く!(1981)もある。

 読書はふつう速いスピードで黙読するが、開高の文章は声に出して読む速さでゆっくりと黙読する。そうでないと豊饒さが味わえない。

高橋曻の写真はぎらぎらとし、開高とのコラボは、見るのも読むのも体力を要する。その写真に添えられた説明が息抜きで、さすが元コピーライターと思わせる。

たとえば、小船に乗った3人が釣りをしている背後の空に大きな虹がかかっている写真。その説明。「アマゾンにかかるたったひとつの橋は虹。この湖はあと1週間で牧場に変わるという」。

 もちろん本文にあるように「いまだに土堤も、橋も、ダムもない、地上唯一の、そして最後の大河」なのである。

「妄想と焦燥にあぶられつつ寝たり起きたり」という“書斎の鬱”が、アマゾン河で「汗と、ムクインと、蚊に苦しめられつつも、忍耐し、力闘し」やがて「肩の痛み、腰の苦しみ、指のしびれ、何もかも消えてしまった」と書く。そして「“仕事”と“家庭”が重いのだ」とぼそりと語る。谷沢永一の『回想 開高健』(1992)を読んだとき、悪妻・牧羊子から逃れるためにこの人は世界中で釣りをしているのだと思ったものだ。

写真担当の高橋曻は『開高健 夢駆ける草原』(2006)のなかで、「旅にも疲れた、読むことも、見ることも、聞くことも、食うことも、飲むことも、ぜんぶやってしまった。もう充分ャ。あと残っているのは自殺くらいのもんやな、ハハハハハ……」とモンゴル大草原のなかで語ったとある。

本書には「ハイネは、遊んでいるときだけ男は彼自身になれると、いった。ニーチエは、男が熱中できるのは遊びと危機の二つだけだと、いった」とか、中国古諺を「男による、男のための、男の諺」だとする以下の警句などがちりばめられている。「一時間、幸せになりたかったら 酒を飲みなさい。〔…〕永遠に、幸せになりたかったら 釣りを覚えなさい」。

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