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2009.09.16

ノンフィクション100選★パンツが見える。|井上章一

Nonfiction100

2002

しかし、パンティそのものを秘めておきたく思う気持ちの大きさも、無視しえない。パンティには、自分だけの個人的な幻想が投影されている。〔…〕

それにしても、日本女性はおしとやかになったものだ。かつては、パンツもはかずに、和服で往来をあるいていた。今は、そのパンツが見られるのも、はずかしがるようになっている。パンツの形が、上着へうかぶことさえ、いやがるようになったのである。〔…〕

男は、潜在的にパンチラへの好奇心を、いだいていた。しかし、女が平気でふるまっているあいだは、この想いもそれほどふくらまない。〔…〕

女がかくすようになると、話はちがってくる。もともと、どこかではいだいていた欲望に、火がついた。いっきに、顕在化していったのである。

1960年代からの活字が、パンツの見える話をのせだしたのは、そのせいだろう。かくす女に誘発されて、パンチラの魅力は高まっていったのだと、みなしたい。

★パンツが見える。――羞恥心の現代史|井上章一|朝日新聞社|20025

 井上章一は、『狂気と王権』の学術文庫版(2008)のあとがきで、こんなエピソードを紹介している。1994年、天皇・皇后がかれのつとめる国際日本文化センターに訪れることになったとき、警備を担当する京都府警が梅原猛所長のもとにきて、「井上は赤じゃないのか」という。梅原は「いや、そんなことはないでしょう。かれはむしろピンクじゃないかな」と答えたという。

 井上は、建築史・意匠論が専門だが、ピンク路線の作品も多い。

パンツが見える。』(2002)は、1932年の白木屋火災で、当時の女性は和服で長襦袢、ズロース(パンツ)は穿いていなかったため、恥じらいを重んじて死んでいき、そして女性の洋風下着が普及するきっかけとなった、という説への疑問から始まる。“女性下着の変遷と羞恥心の変化”をあつかったもの。

かれが多用するのは資料としての小説である。消えて久しい風俗小説などが掘り起こされる。「感情のあやがうかがえるという点で、これらは群をぬいている」。と『愛の空間』(1999)のあとがきに記している。『愛の空間』は、男女が愛し合う場所の移り変わり、すなわち皇居前広場、待合、ソバ屋、円宿、ラブホテルなど、性愛空間の建築史である。

『美人論』(1991)のなかのゴシップ。林真理子と中野翠の会話

「フェミニズムの女性学者U・Cさんが、田中優子、猪口邦子と並んで、三大美形のアイドル女流学者って雑誌に書いてあったの(笑)。私、もう引っくり返っちゃって‥…あの人が美形の学者なら、私だって美貌の女流作家って言ってくれたっていいじゃないの!?

「職業別に美人の競争率っていうのを考えると、やっぱりモデルとか女優っていうのはすごく厳しくなると思うよ。そうすると、やっぱりその中でガクッと落ち込むのが、文筆業界とアカデミズムじゃない。それで林さんは文筆業界に進んだっていう説もあるのよ(笑)」。

 上野千鶴子が書いている。「かれの著作を『論じる』のはまったくめんどうな作業だが、読者には、ひたすらかれの言説的パフォーマンスを堪能していただければよい。こういう『すれっからし』の知性は、関西からしか生まれない。わたしたちは、かれの『芸能』を生んだ文化の成熟を、喜べばよいのである」(『美人論』朝日文庫版巻末エッセイ)

『日本の女が好きである。』(2008)では、日本人男性だけが女性のうなじや脚首をセクシャルな鑑賞の対象とするのは、おくゆかしいだけでなく、女性に気づかれることなく、うしろから目でたのしめる“淫靡な好色文化”のせいだという。

 このほか鹿島茂との対談『ぼくたち、Hを勉強しています』(2003)、編著に『性の用語集』(2004)『性欲の文化史12(2008)がある。

 それにしても、ケータイで女性のスカートの中を盗撮する事件が絶えない。なぜ行うのか謎である。新聞にのるのは警察官や市役所の職員だが、記事にならない民間人はその10倍をこえるだろう。『パンツが見える。』を読んでも、その行為の謎は解決されない。

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