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2009.10.06

ノンフィクション100選★昭和の劇|笠原和夫/スガ秀実/荒井 晴彦

Nonfiction100

2002

それは僕は、戦前、戦中、戦後を経てきたんで、自分の経験として、男であれ女であれ、必ずその裏側に腐臭をひきずっているという考えがあるんですよ。

それが表現として出るかどうかは別としても、裏側に必ず腐臭がつきまとっているというのが僕のキャラクターをつくる時の考え方であってね。〔…〕

そういう腐臭をひきずってる監督がいるのかというと、かろうじて今村昌平さんくらいであってね。これが僕には不思議でしょうがない。どうして、そういう意味でのリアリズムを持った監督が戦後に出てこないのかなあという。〔…〕

 戦後の日本映画の監督というのは、大体、黒澤さん的な絵画的な映像に走ったり、木下恵介のリリシズムに行っちやったり。〔…〕

戦後の若手の中から、そういう人が出てこなかったというのは……。何か、映画人そのものが、戦中、戦後というものをきちんと捉えていないんじゃないかという気がしますね。

★昭和の劇――映画脚本家笠原和夫|笠原和夫/スガ秀実/荒井 晴彦|太田出版|200211

『昭和の劇』は脚本家・荒井晴彦と評論家・スガ秀実とが笠原和夫から話を聞き出す手法での回顧録である。

笠原の脚本はほとんど原作がなく、関係者への取材にもとづいてディテールを積み重ねる独特のリアリズムに特色がある。その取材話に引き込まれながら、昭和という時代のノンフィクションの世界へ入りこんでいくのである。

宣伝文句に「映画の裏話にとどまらず膨大な取材、激烈な作劇で斬り込む昭和の闇と刺し違えた日本最大の脚本家」とある。この本の初版は2002116日となっている。笠原は1か月後の1212日、75歳で亡くなる。病気のさなか遺言のように語り続けたのか。

三島由紀夫が「映画芸術」19694月号に映画評「総長賭博飛車角と吉良常のなかの鶴田浩二」を書き、この一文によってこれまで無視されてきたやくざ映画が市民権を得たことはあまりにも有名な話。

「舞台上手の戸がたえずきしんで、あけたてするたびにパタンと音を立て、しかもそこから入る風がふんだんに厠臭を運んでくる。……このような理想的な環境で、私は、『総長賭博』を見た。そして甚だ感心した。これは何の誇張もなしに『名画』だと思った」。

 この「博奕打ち・総長賭博」の脚本が笠原和夫である。のちに笠原はこう書く。

「やくざの生態を暴露しよう、面白い見世物にしよう、と始まったやくざ映画も、そろそろ暴露するもの見せるものがなくなってきた。筋が尽きてきた。

そこへ三島氏が「総長賭博」を絶賛してくれたものだから、作り手側に内ゲバ劇・しがらみ劇志向が出てきて、どうにもうまくなかった。作るものが陰々滅々としてきたのだ。

こんなことを言えば罰があたるが、451125日に三島氏が市ヶ谷の自衛隊で割腹自殺した時、わたしは非常な無念の思いとともに、ある種、重しが取れたような一抹の解放感を覚えた」(『映画はやくざなり』(2003))。

『「妖しの民」と生まれきて』(1998)は、著者の戦中・戦後の壮絶な半生を描いたもの。上掲の「僕は、戦前、戦中、戦後を経てきたんで、自分の経験として、男であれ女であれ、必ずその裏側に腐臭をひきずっているという考えがあるんですよ」のその“経験”が綴られている。

代表作の一つ「仁義なき戦い」の取材エピソードなどを語ったものに、『破滅の美学――ヤクザ映画への鎮魂曲』(1997=『鎧を着ている男たち』の(1987)改題増補版)がある。「モデルにした人物たちは、いずれも<社会の屑>と呼ばれ、ひとたび葬られたら二度と掘り起こされない人々である。出来たら、なんらかの形で、名を残してあげたい」(同書)

「プロットまでの行程は冷静な頭でいなければならないけれど、ここから先は、冷静なままでは一行も書けやしない。ドラマというのは正気の沙汰の人物の話ではない。こっちの頭も狂ってこなければ、セリフ一本、らしくは書けない。だからブラブラしはじめる。来る日も来る日も酒くらって寝ることを続けたりもする。〔…〕さあ、ほどよく狂ってきたと判断したら、書き始める。一気呵成に、筆の赴くまま、自分の好きなように(「秘伝 シナリオ骨法十箇条」『映画はやくざなり』(2003))

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