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2009.11.09

ノンフィクション100選★宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作 |高沢皓司

1998

失踪したⅠさんから「北朝鮮にいる」という手紙が札幌市の実家に届いたのは、19889月のことである。日本を出てから8年以上の歳月が過ぎていた。

《家族の皆様方、無事に居られるでしょうか。長い間、心配を掛けて済みません。私とMさん(京都外大大学院生)は、元気です。途中で合流した有本恵子君(神戸市出身)供々、三人で助け合って平壌市で暮らして居ります。

事情あって、欧州に居た私達は、こうして北朝鮮にて長期滞在するようになりました。〔…〕取り敢へず、最低、我々の生存の無事を伝へたく、この手紙をかの国の人に託した次第です》〔…〕

紙の裏面には、ちょうど折り畳んでいちばん上にくる部分に、次のようなメッセージが記されている。

please send this letter to Japanour address is in this letter)”

どうか、この手紙を日本に送り届けて下さい。わたしたちの住所は、この手紙の中にあります

★宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作 |高沢皓司 |新潮社|19988

ロンドンに語学留学していた神戸外大生の有本恵子さんが、アテネからの手紙を最後に消息を絶ったのは、19838月である。そして5年後の19889月、神戸の有本さん宅に、北海道の石岡亨さんのお母さんという見知らぬ人から電話がある。「おたくのお嬢さんは、息子と一緒に北朝鮮の平壌にいるみたいなんです」。

上掲の手紙が、19805月にスペインで消息を絶っていた石岡亨の自宅に届くのである。ポーランドからのエアメールで、切手も消印もポーランドのものだった。(なお、札幌に手紙が届いた2ヵ月後の198811月に、有本恵子さん、石岡亨さんは招待所で就寝中、暖房用の石炭ガス中毒で子どもを含め死亡したと、後に北朝鮮が発表した)

「恵子にも責任があると思っています」という有本恵子さんの両親。拉致被害者と認定されるのはピョンヤンにいると判明してから22年後20033月である。一市民にとって、政府、外務省、警察庁、国会議員というのは、いかに厚い壁であるかは、有本嘉代子『恵子は必ず生きています』(2004)に詳しい。そして政治家、メディアなどを実名で告発したのが山際澄夫『拉致の海流――個人も国も売った政治とメディア』(2003)である。NHK報道局『よど号と拉致』(2004)は、番組の制作にあたり、よど号の妻たちを追い、その周辺から証言を得るための取材プロセスを明らかにしたドキュメントである。

恵子さん拉致の模様は、犯人の一人で、よど号グループ柴田泰弘の妻である八尾恵の『謝罪します』(2002)に詳しい。なお『謝罪します』は、そのタイトルのようないい加減な本ではない。ピョンヤン郊外の「日本人革命村」における金正日指導の下にあるよど号グループの活動やメンバーの私生活が臨場感あふれる語り口で綴られる貴重な証言本である。

 さて、よど号ハイジャック事件があったのは、19703月、もう40年になる。

赤軍派9名は、福岡、韓国金浦空港を経由して北朝鮮美林飛行場へ。亡命し、消息を絶った。メディアはその後よど号機長や身代わりとなった代議士の私生活を追っかけたが、月刊「創」だけが断続的に田宮高麿などよど号グループの近況を掲載していたように思う。執筆は本書の著者高沢皓司だった。

高沢皓司は、学生運動家出身であり、田宮高麿の友人としてよど号グループを支援する立場にいた人で、のちに本書で北朝鮮に残るメンバーから“裏切り者”との非難を受ける。著者は“巡礼の旅”と称しているが、本書『宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作』(1998)の取材は北京~延吉~長春~モスクワ~ロンドン~コペンハーゲン~マドリッド~パリ~ウィーン~ベオグラード~サラエボ~スプリット~ザグレブ~ブカレスト~バンコクに及ぶ。よど号グループの国際謀略秘密工作は、北朝鮮、日本以外にこれだけの地にかかわっており、著者による謎解きはスリリングである。

本書にこういう一節がある。

――「よど号」グループ(自主革命党)がこれまでに語りつづけたいくつもの虚構の物語は、すでに破綻した。

これまでの例でも、結婚を否定しつづけたこと、〔…〕ヨーロッパ「拉致」工作の偽装、子どもたちの「人道」を理由にした帰国問題の訴えと実際の不履行、いずれもすべて彼らの語ってきたことは虚構の政治的言辞にすぎなかったことが明らかになっている。

しかし、彼らはこうした《嘘》を語ることそのものが政治的な活動だと信じ、「革命」のためだと信じ、正しいことをやっていると信じ、いまも信じつづける。

これでは、彼らの語る「革命」もまた《嘘》で塗り固められた「革命」に過ぎない、ということにしかならないだろう。

「よど号」のハイジャック事件が起きてから、すでに30年近い歳月が流れた。異貌の思想の徒となった彼らの《嘘》が、ひどく虚しく、ひどく悲しい。

『宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作』は、よど号グループのその後の人生、北朝鮮という国、拉致の実態を描いたオンリーワンかつベストワンの書である。

文庫版に、新潮社『宿命』担当編集班名でこう記されている。

――「田宮が死ぬことがなければ、僕はこの本を書き出すことはしなかった」

高沢暗司氏は、いま、そう言う。『宿命』はかつての同志と袂を分かった一ジャーナリストの、血のにじむような内部告発の書であり、盟友田宮高麿への悲痛な鎮魂歌なのである。

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