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2009.11.27

ノンフィクション100選★島倉千代子という人生 |田勢康弘

Nonfiction100

1999

これは孤高の人生を歩いてきたひとりの女の物語である。名を島倉千代子という。

東京の下町に生まれ、ちょっとしたきっかけで歌手になった。人気街道を驀進し、大スターになったが、常に歌手である前に人間でありたいともがき続ける。それが島倉千代子であった。島倉は衆を恃まない。いつもひとりである。

四十五年も歌い続けているのに芸能界になじめない異端なのである

私の好きな俳句に映画監督五所平之助の次のような句がある。

生 き る こ と は

一 と 筋 が よ し

寒 椿

歌手島倉千代子に会った時、私はこの句のような人だと思った。

寒椿は北風に咲く。

寒椿は一輪にかざる。人の情けを拒むような凛とした姿。それが島倉であり島倉の人生ではないかと思った。

★島倉千代子という人生 |田勢康弘|新潮社|ISBN978410396703319992

 田勢康弘『島倉千代子という人生』(1999)を店頭で見かけたとき、ほんとうに驚いた。田勢といえば日経の政治部記者、たしか論説副主幹であったはず。なんで島倉? とそのミスマッチに、田勢ファンであり、島倉ファンであるわたしは驚いた。当時これを読んで私は「芸能生活45周年記念・島倉千代子大全集」というCD5枚をいそいでネットで買いましたよ。

 日本経済新聞の月曜日朝刊の2面に「風見鶏」という大きなコラムがある。ここに田勢康弘の署名があるときは熟読していた。その一部は『豊かな国の貧しい政治』(1991)『政治ジャーナリズムの罪と罰』(1994)などにまとめられている。そして黒河小太郎名義で、『総理執務室の空耳』(1994)という自社連立政権を予言した小説を書き、永田町・霞ヶ関を戦慄させた。その後も『総理の座』(1995)『指導者論』(1996)など愛読した。この人は政治部記者でありながら、新聞・テレビなどメディアが政治をだめにしている、と鋭く書く。

『島倉千代子という人生』に掲載されている写真で興味を引くものが二葉ある。

一つは「江東劇場の楽屋 島倉後援会北多摩支部の会員たち 後列左から3人目が著者(昭和3613)」と説明がある。江東劇場といえば、この写真から1年前の12日に“劇場を爆破する”という電話があり、警官に見守られながらショーの幕を開けたところである。その前日には自宅玄関前で爆破騒ぎがおこる。それはともかく、高校生の著者は島倉ファンだったのである。

 もう一つは、島倉千代子の笑顔の写真で、キャプションに「少女」もいつのまにか「還暦」とある。歌手島倉千代子を語りつくす見事なフレーズである。本書では橋本治『恋の花詞集』(1990)からの引用がある。〈美空ひばりは「子供のくせに童謡が歌えない天才」だったんですね。でも島倉千代子はそうじゃない。この人は「大人のくせに童謡が歌える天才」なんですね〉。“泣き節”といわれたが、要はいくつになっても少女っぽさがぬけない歌ですね。

 本書では“女王”美空ひばりがしばしば登場し、“二番手”島倉とが対比される。ひばりは19375月生まれ、島倉は19383月生まれの同学年である。レコードデビューはひばり、11歳、島倉、16歳。紅白歌合戦、ひばり17回、島倉35回(現時点で女性歌手で最多)。ひばりは小林旭と結婚するが、その前に島倉と小林旭は恋仲だったと、本書で明かされている。

 昭和の時代からメディアに出ずっぱりの人に石原慎太郎がいるが、考えてみれば島倉千代子も16歳で「この世の花」でデビューし歌も映画も大ヒット、以来、結婚、離婚、紅白連続30回出場、巨額の借金、乳がん宣告、およそ2000曲を吹き込み、2009年で71歳、歌手生活55年と出ずっぱり。最近もテレビの歌謡番組に登場するが、そのキャリアから“君臨”してもいいはずが、あいかわらず“芸能界になじめない異端”のようにひっそりとしている“大人にならない少女”のうたを歌い続けている。

たとえば……。「逢いたいなアあの人に」(1956=島の日暮れの段々畑)「からたち日記」(1958=心で好きと叫んでも口ではいえず)「恋しているんだもん」(1961=小指と小指からませて)「襟裳岬」(1961=風はひゅるひゅる 波はざんぶりこ)「ほんきかしら」(1966=ほんきかしら 好きさ大好きさ)「愛のさざなみ」(1968=この世に神様が ほんとうにいるのなら)「竜飛岬」(1971=追いかけて追いかけて) 「残月」(1973=季節はずれの風鈴が)「鳳仙花」(1981=やっぱり器用に生きられないね) 「人生いろいろ」(1987=死んでしまおうなんて 悩んだりしたわ)「ゆずり葉の宿」(1989=あのひとと別れたら もうだれも愛せないのよ)「火の酒」(1996=あの人があの人が 身体がこわれそうなせつなさを)

 田勢康弘はその後、『次は女に生まれたい』(200)では、「小太郎」は田勢家の飼い猫の名だと書き、小渕首相から「政治に失望したから、島倉千代子を書いたんだろう」と言われたことを明かしている。また黒河小太郎名義が復活し、『寸前暗黒』(2001)では、小渕首相の緊急入院、森内閣の誕生と終焉、小泉内閣の誕生が実名で描かれる。

 現在は、テレビの「週刊ニュース新書」に登場しているが、活字メディアから姿を消したのは淋しい。

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コメント

周りが美空ひばりの追っかけの如き時代に、この世の花の島倉千代子が現れて、私は一人ファンとなり、心の中が温かくなった!私が歌の上手いひばりよりも千代ちゃんを選んだのを今になって分析してみると、その歌手の心を強く感じたからだと思う、ひばりさんが亡くなった時はさびしさを感じなかったが、今回はとても寂しさが今でも消えない。

投稿: 松原 篤 | 2013.12.14 15:15

2013.11.8歌手の島倉千代子さんが8日、肝臓がんのため死去した。75歳。
美空ひばりさんが灼熱の太陽が輝く「夏」だとしたら、島倉さんは、その小さく震えるような歌唱法も含めて、やすらぎを与える「秋」のような存在だった。
(2013.11.8産経 元記者湯浅明)

投稿: koberandom | 2013.11.13 16:22

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