矢野誠一◆舞台人走馬燈
国民歌手のレッテルをはられ、両手を大きくひろげ「お客さまは神様です」とやっていた三波春夫は、好きじゃなかった。慇懃無礼で、すこぶる尊大にうつったのである。〔…〕 永六輔の紹介で、北桃子の俳号を持つ三波春夫が、私たちの句会にゲストとして初参加したのは1997年の2月だった。 いだいていたイメージが、この初対面でものの見事にやぶられた。こんなこと大袈裟でなく、生まれて初めての体験だった。 仮りにも一世を画した藝人でありながら、謙虚につきるその態度にまずおどろかされたし、辛酸をなめたはずのシベリア抑留体験を語る、ときにユーモアを交えた話術の妙で満座をわかせた。 加えて、ゆたかな学識。それもアカデミズムとは距離を置いたところで、自分で学びとって身につけたものときているのだから、心底参ってしまったのである。〔…〕 初対面のとき、すでに癌の治療を受けていたことは、訃報で知った。 ――「三波春夫」 |
◆舞台人走馬燈|矢野誠一|早川書房|ISBN:9784152090652|2009年08月
★★
《キャッチ・コピー》
舞台に生きた73人の人生を通して綴られる一巻の戦後文化史。
《memo》
舞台で活躍した俳優、演出家との“一期一会”を語った短いコラム73本。「それでいて」と書くのが癖で、「(という)なかで」とともにわたしの大嫌いなことばである。
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