福本邦雄◆炎立つとは――むかし女ありけり
これやこの一期のいのち炎立(ほむらだ)ちせよと迫りし吾妹よ吾妹 という絶唱である。 戦争末期に、胃の肉腫を病んで死を目前にした妻が、その死の前夜、夫秀雄に向かって、今生の思い出に炎立ち=勃起し、貫徹することを願ったという。秀雄はこの妻の最後の願いに添おうと決意し、夫婦間の最後の秘儀にむかう。〔…〕 評論家の山本健吉氏は、その著『日本の恋の歌』の中で、「えりを正す愛の荘厳」と題し、「これほど厳粛なものとしてよまれた男女交合の歌は、ほかにないのです」 と手放しで絶賛している。 人生の深奥な真実をあえて自ら吐露し、白日のもとに晒したひたぶるな心には、跪(ひざまず)かざるを得ないと思ってきた。 ところが最近になって、この絶唱は病苦と赤貧の中で、必死にリアリズムを貫こうとあがいていた吉野秀雄のギリギリの演技ともいえるフィクションではなかったかという気がしてきている。 |
◆炎立つとは――むかし女ありけり|福本邦雄|講談社|ISBN:9784062123945|2004年06月
★★★★
《キャッチ・コピー》
26歳で逝った啄木から土屋文明100歳の絶唱まで、短歌は吐息のようにふっと呟く。恥多き心情の吐露を――。男女間の相互に入り組んだ複雑な関係にスポットを当て、多情な歌人たちの素顔に迫った短歌評論集。
《memo》
福本邦雄といえば、たしか政界の黒幕……。晶子、白秋、牧水、節、茂吉などの短歌から、歌人の妻や恋人たちとのかかわりの一断面をとらえ、あざやかに情景を描いたエッセイ。
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