出久根達郎●春本を愉しむ
では今では読むことのできない、当時の西洋翻訳春本の代表として、『蚤の自叙伝』をご紹介しよう。 書き出しは、こうである。「私は此世に生を受けたものである、――然しどうして、いつ、どこで生れたのか申上げることが出来ない」〔…〕 あちらは猫、こちらは蚤。実は漱石先生はこの有名な春本をヒントにして、『吾輩は猫である』を書いたのではないか、と某氏が推測していたが、もう一人の文豪の鷗外先生さえ、古今東西の春本を読了している、あながち妄説とはいえぬ。 大体、昔は(鷗外先生は、けしからぬとか馬鹿げているなどとののしるが)、春本は教養の一つで、学を好む者はひと通り目を通していた。それが証拠に江戸期のものは、写本でたくさん残されている。皆、啄木のように書き写して所持したのである。 断定するが、明治以降の文学者で、春本春画を愛好せぬ者は一人もいない。 かの真面目な宮沢賢治でさえ、春画の収集家だった。 それはさておき、『蚤の自叙伝』は、一匹の蚤がベラーなるいささか好き者の女性に食いつく。その蚤が眺めた世界を描いてある、といえば、それ以上の説明は不要だろう。 |
●春本を愉しむ|出久根達郎|新潮社|ISBN:9784106036491|2009年09月|評価=◎おすすめ
<キャッチコピー>
意外なエピソードが満載された、愉楽の春本案内 源義経・大石内蔵助・則天武后ら歴史上の有名人たちがモデルとなり、森鴎外・石川啄木・芥川龍之介ら文豪たちが愛読し、高名な学者たちが小遣い稼ぎに書いていた。
<memo>
古書店には売ることもできず、捨てるわけにはいかない本が倉庫に溜めてあり、店員は寝しなの読み物にする。というわけで古書店主である著者の春本のうんちく。クライマックスのみ原文が掲載されており、原本を読まなくても十分堪能できる。
古典春本『壇の浦枕合戦』/暗号春本『大石内蔵助』/人情春本『春情心の多気』/泰西名作猥本『ツルー、ラブ』/源氏物語千年紀『正写相生源氏』/中国の禁書『如意君伝』/「芭蕉」十大弟子の春本─元禄淫風草紙『好色大富帳』等。
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