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2010.01.04

開高健/谷沢永一・山野博史:編 ●われらの獲物は、一滴の光り

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才子でなくて多病質でない私も知らず知らずのうちに肉を毒することに日夜かかりきりなのだから、いずれ、遅かれ早かれ、平均年齢より十年か十五年ぐらい以下で解放してもらえることになるであろう。

そう思いたいし、そう願ってもいる。私は長生きしたいと思ったこともなければ、願ったこともない。

生れるのは、偶然。

生きるのは、苦痛。

死ぬのは、厄介。

ある西洋の聖者はそう呟いたが、この三行は鉄案と呼ぶにふさわしいマキシムで、昨今しばしば胆に銘じたい。

それでいて病気になればたちまちお医者のところへ走って苦痛を訴え、一日も早く回復することを思いつめ、回復してしばらくすると、またぞろ、生きるのは苦痛だといいだすのだから、人間は永遠に不満の動物である。

――「胆のない男の呟き」(昭和5512月)

われらの獲物は、一滴の光り|開高健/谷沢永一/山野博史|ロングセラーズ|ISBN9784845421589200910月|評価=

<キャッチコピー>

苦く遊び、学んで、そして感じなさい。開高健歿後20年、単行本初収録のエッセイ18篇と厳選された47篇の計65篇が時代を越えて、いま甦る。

<memo>

開高健というと、最近、某光代という女性作家がわがもの顔で登場するのは、まことに不愉快。開高健を語るのは谷沢に限ります。

開高健■ 一言半句の戦場――もっと,書いた!もっと,しゃべった!

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