司馬遼太郎●坂の上の雲(三)
「勝つというところまでゆかない。国家の総力をあげて、なんとか優勢なあたりでひきわけにしたいということが、せいいっぱいの見とおしです」 「そこまでゆきますか」 「作戦の妙を得、将士が死力をつくせばなんとかゆくでしょう。あとは外交です。それと戦費調達です」 「ともかく」 と、児玉[源太郎]がいった。〔…〕 「いまなら、なんとかなる。日本としては万死に一生を期して戦うほか、残された道がない」 とまでいうと、児玉は両眼からおびただしい涙を流した。明治後三十数年にわたってようやくこんにちの域に達した日本国はこの一戦であるいはほろびるかもし れない。 そのことを陸軍作戦のすべてを担当する児玉自身がいっているのである。 渋沢[栄一]も、泣きだした。 「児玉さん、私も一兵卒として働きます」′ と言い、戦費調達にはどんな無理でもやりましょう、といった。 ――「開戦へ」 |
●坂の上の雲(三)|司馬遼太郎|文藝春秋|1978|文庫|評価=○
<キャッチコピー>
日清戦争から十年―じりじりと南下する巨大な軍事国家ロシアの脅威に、日本は恐れおののいた。「戦争はありえない。なぜならば私が欲しないから」とロシア皇帝ニコライ二世はいった。しかし、両国の激突はもはや避けえない。病の床で数々の偉業をなしとげた正岡子規は戦争の足音を聞きつつ燃えつきるようにして、逝った。
<memo>
第3巻が始まって、早くも主人公の一人、子規は死んでしまう。「この小説をどう書こうかということを、まだ悩んでいる。子規は、死んだ。好古と真之は、やがては日露戦争のなかに入ってゆくであろう。できることならかれらをたえず軸にしながら日露戦争そのものをえがいてゆきたいが、しかし対象は漠然として大きく、そういうものを十分にとらえることができるほど、小説というものは便利なものではない」(「権兵衛のこと」)
| 固定リンク
コメント