司馬遼太郎●坂の上の雲(二)
真之は、滞米中からおもいつづけてきたことを、子規に話した。 「どうせ、あしの思うことは海軍のことじやが。それとおもいあわせながらいま升サンの書きものをよんでいて、きもにこたえるものがあった。升サンは、俳句と短歌というものの既成概念をひっくりかえそうとしている。あしも、それを考えている」 「海軍をひっくり」 「いや、概念をじゃな。たとえば軍艦というものはいちど遠洋航海に出て帰ってくると、船底にかきがらがいっぱいくっついて船あしがうんとおちる。人間もおなじで、経験は必要じゃが、経験によってふえる智恵とおなじ分量だけのかきがらが頭につく。 智恵だけ採ってかきがらを捨てるということは人間にとって大切なことじゃが、老人になればなるほどこれができぬ」 (なにを言いだすのか) と、子規は見当がつかぬままに、うれしそうに聴いている。 ――「子規庵」 |
●坂の上の雲(二)|司馬遼太郎|文藝春秋|1978|文庫|評価=○
<キャッチコピー>
戦争が勃発した…。世界を吹き荒れる帝国主義の嵐は、維新からわずか二十数年の小国を根底からゆさぶり、日本は朝鮮をめぐって大国「清」と交戦状態に突入する。陸軍少佐秋山好古は騎兵を率い、海軍少尉真之も洋上に出撃した。一方正岡子規は近代短歌・俳句を確立しようと、旧弊な勢力との対決を決意する。
<memo>
「1867年(慶応三年)ロシアが、――アラスカを買わないか。ともちかけてからである。〔…〕かつてロシアはその膨脹政策によってアラスカに侵入してそれを領有したが、その後経営にこまり、アメリカに交渉してきたのであった。アメリカは買った。わずか720万ドルであった」(「渡米」)
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