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2010.01.03

鹿島茂●パリの日本人

20100103kajimaparis

とにかく、自分のことがマスコミで話題になるのが(たとえそれが「妖婦」「妖女」扱いの悪評であっても)うれしくてうれしくてしかたがないトンデモないドーダ女であったのだ。

実際、その遺作である『わたしの白書』は、端から端まで「そんな私が好きだった」の自己愛で満たされている。〔…〕

「だが、もはや残り少ない私の人生、この苦しい感傷のなかで、私はこのまま老いさらばえてはならない。思い出の針よ、私をつつけ、私をさいなめ!(中略)悲しみに負けないでよく喰ぺ、健康で、ますますおしゃれをして、できるだけ美しいおばあさんでいよう

文子はこの本を昭和4166日に出した後、627日に出版記念会を企て、出席者に手作りの長寿料理を食べてもらおうとしていた矢先の25日、脳出血で亡くなった。

最後の最後まで、「騒がれ、男どもに囲まれてチヤホヤされたい」という自己愛に生きた見事なドーダ女の一生であった。

――「妖婦(ヴァンプ)・中平・武林・宮田文子」

●パリの日本人|鹿島茂|新潮社|ISBN9784106036507200910月評価=○

《キャッチ・コピー》

明治の元勲・西園寺公望、江戸最後の粋人・成島柳北、平民宰相・原敬、誤解された画商・林忠正、宮様総理・東久邇宮稔彦、京都出身の実業家・稲畑勝太郎、山の手作家・獅子文六、妖婦・宮田(中平・武林)文子…。パリが最も輝いていた時代、訪れた日本人はなにを求め、どんな交流をしていたのか。幕末以降の留学生がフランスから「持ち帰ったもの」を探る。

memo

鹿島茂「パリの異邦人」姉妹編。

鹿島茂■ パリの異邦人

鹿島茂■ パリでひとりぼっち

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