乙川優三郎●逍遙の季節
なだれ坂と呼ばれる北横町へ入ると、あたりは黄昏よりも暗くなって心寂しい。寒さと凋落と汚穢の気配の中で、子供たちの声だけが弾んでいる。 ああ帰ってきたのかと彼女はほっとする一方で、通りに籠る饐えた臭いにたじろいだ。〔…〕 柳橋の瀟洒な仕舞屋の暮らしに馴れてしまうと、目覚める愉しみすらないどん底の世界に思われた。〔…〕 「あんたも亭主を食わせるような女になっちゃいけないよ、男は骨がなくなるし、尽くしたところでいいことはないからねえ」 「わたしなんか、そうなる前に潰れてしまいそうです、自分の道具もないのにもう借金があるのだから」 「借金できるだけましさね、それもできなくなったら渡世も何もあったもんじゃない、悪いことは言わないよ、 若いうちに働いて男より金を掴みな、そうすりやこんな掃きだめともおさらばさ」 ――「細小群竹」 |
●逍遙の季節|乙川優三郎|新潮社|ISBN:9784104393046|2009年09月|評=○
<キャッチコピー>
茶道、絵、根付、糸染、髪結、踊りなどの世界に生き、断ち切ったはずの幸いと男のぬくもりに揺れる女たち。
<memo>
自立する女たちの7編。
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