村田喜代子●あなたと共に逝きましょう
「歩いてる途中で胸に痛みを覚えたの。それがだんだん強くなっていって、鳩尾まで広がってきたんだって」〔…〕 「そのとき右手には通勤鞄を提げていて、左手は空いていたんだけど、ふと気づくと、その左手の掌に自分が何か大事そうに載せて、捧げ持つような格好でよろよろと歩いていたんだって」〔…〕 たぶん心臓発作の間に見た幻覚というか、幻視なのだろう。 そんな場合に人はどういうまぼろしを見るのかと思う。 「赤みがかってね、ぷっくり膨らんだ、肉の塊みたいだったって。大きさはちょうど自分の掌に載るくらい。それがドクッ、ドクッと拍っているわけ。しゃっくりするみたいな感じでね」〔…〕 稲葉氏は一瞬のうちに、 ……これが自分の心臓か。 と思ったらしい。落としては一大事。これを病院までそっと運ばねばならない。 |
●あなたと共に逝きましょう|村田喜代子|朝日新聞出版|ISBN:9784022504395|2009年02月|評=○
<キャッチコピー>
老い方を知らない団塊世代の共働き夫婦。その夫を襲った動脈瘤破裂の危機。銃口を突きつけられた者は、どう生きるのか? 心臓をとめられても、人はなおかつ尊厳を保てるのか。人間の不可思議な「体」と「心」の深淵に潜る、作者、5年がかりの新境地。
<memo>
名作『蕨野行』を読んだので、同じ作者の近作を探した。大動脈瘤と診断された男とその妻の闘病体験がドキュメントのようにリアルに綴られる。が、最終章に至って、これが“文学”だというふうに昇華されていく。
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