平岡正明●文庫はこう読め! ――マチャアキ的文学論
「旅を終えてすり切れたポケットの中の角川文庫」というのは名文句だった。 青年がGパンの尻ポケットに文庫本を入れて行く。 尻ポケットには新書版も入り、じっさい筆者の学生時代にはデモに行くときには山田風太郎忍法帖新書版か、鳶色の瞳をした国籍不明美人のペンキ絵的肖像を表紙カバーに使った大薮春彦の徳間ノベルズが尻ポケットに入っていて、胸ポケットには心臓への打撃をいささかでもふせげるかという期待もあって、コリッと固い岩波文庫白帯が入っていたものだ。 角がめくれツカが崩れ、水分を吸ってふくれたそういう本がいとおしい。安価な軽装本一冊が個人全集さえ圧倒することがあるのは、小さな本が自分といっしょに行動したという記憶なのである。 すり切れたポケットの中の文庫本というのは、本自体の旅も意味していた。 各社が兢って文庫本を出すようになって崩れはしたが、かつて雑誌初出があり、ついで単行本化され、最後に文庫本におさまった。 そして本は文庫になって、尻ポケットか胸ポケットに入れられて、所有者と一緒に旅をし、すり切れた。 本の旅路の涯に、数ページ分の解説を書くことは、戦友に手紙を書くような匂いがして、戦塵や硝煙や血の匂う文学行為という一面がある。 |
●文庫はこう読め! ――マチャアキ的文学論|平岡正明 |彩流社 |ISBN:9784779114885 |2010年01月|評=△
<キャッチコピー>
文庫本34冊の“解説”だけを集めた一冊。
<memo>
五木寛之、大藪春彦、山田風太郎、河野典生、団鬼六、西村寿行などの文庫本巻末解説を集めたもの。平岡ぶし昭和“加齢臭”の1冊。
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