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2010.03.09

ノンフィクション100選★一九九一年 日本の敗北|手嶋龍一

Nonfiction100

Teshima1991nen

「橋本さん。日本には、当座の戦費90億ドルほどをご負担いただけませんか」

橋本にとっては、拍子抜けするほどの率直さであった。

「ブレイディ長官。お引き受けしました」

橋本の答えもまた至極あっさりしたものだった。〔…〕

半世紀に及ぶ日米の同盟史上、永く記憶されるべきスタンホープ会談。冷戦後も世界の覇者であり続けようとするアメリカの戦いに、日本は初めてその戦費を担うことを約束した。

だがこの会談には陥葬が潜んでいた。日本が拠出する90億ドルが「全額アメリカに渡されるのか、他の多国籍軍参加国にも配分されるのか」「拠出はドル建てか、円建てか」といった核心部分が詰められていなかったのである。

これが後に日米関係を危地に追い込むこととなる。

★一九九一年 日本の敗北|手嶋龍一|新潮社|199311

手嶋龍一『一九九一年 日本の敗北』(1993)――のちに『外交敗戦―130億ドルは砂に消えた』と改題――は、湾岸戦争を扱ったノンフィクション。著者は当時NHKワシントン特派員。私はイラクを真ん中にした地図を用意し、登場人物のリストを作成しつつ読み進めた。読み出したら止まらない。

湾岸戦争は、199082日にサダム・フセインの率いるイラクが隣国クウェートに突如侵攻したことに対し、ブッシュ父・大統領のもとアメリカを主とする多国籍軍が1991117日にイラクを空爆した事にはじまる戦争。

「ハイテク戦争」と呼ばれた。「一発の価格が日本円にしておよそ18千万円。このトマホークによって開戦の口火が切られた事実は、戦いがかつてない高価なものになることを予言していた。気が遠くなるほど金を喰う砂漠の戦争が始まったのである」(本書)。『砂漠の嵐』作戦が発動されてわずか半日余りの間に180億円を瞬時に使い果たした計算となる。

 上掲の部分は、1991120日、ニューヨークのスタンホープ・ホテルでの日米会談の冒頭、橋本龍太郎大蔵大臣、ブレイディ財務長官、二人だけの会談の一齣。そして、湾岸戦争が終結して2週間後の313日、日本は総額11700億円を支払う。

ところが311日、「ワシントン・ポスト」「ニューヨーク・タイムズ」など有力紙に、クウェート政府は「ありがとう、アメリカ。そしてグローバル・ファミリーの国々」という全面広告が躍る。感謝国30か国の名前が列挙されているが、JAPANの文字がない。世界から冷笑をもって迎えられた大国ニッポン。無惨極まる“外交敗戦”の裏には、内部抗争に明け暮れる霞が関の大蔵省、外務省の暗闘が招いた結果に他ならなかった、と著者はいう。

 私が興味を持ったのは、「著者ノート」というあとがきの記述。イギリスの外交官が著者に語った老外交官の言葉。

――「同盟関係とは苛烈なものだ。わが英国が米国と同盟の契りを結んでしまった以上、いかなることがあっても、君たちは米国を支持せざるを得ないのだ。そこに外交上の選択などありはしない。常にイエスと言い続けること。それが君たちの職務であり、義務なのだ。だがそれだけなら、どんな愚か者でもつとまろう。外に向かっては、あたかも同盟国米国の前に立ちはだかって諌言し、時に彼らの要求を拒んでいるように振舞って見せなければならぬ。そうすることによってのみ、英国民の間にわだかまる屈辱感をいささか払拭しうるのだ。そして、同盟は辛くもその命を永らえることができる」

 沖縄普天間基地移転問題で右往左往する鳩山民主党、連立に加わっている福島社民党に聞かせたい話である。韓国・九州・沖縄・台湾という中国湾岸包囲網があってこそ中国の暴走を抑止できるのにグアムなど海外移転を云々していていいのだろうかと思わせる。

さて、イラクは敗北にもかかわらずフセイン体制は存続。そしてブッシュ子・大統領によるおよそナンセンスなイラク戦争となるのは20033月である。

手嶋龍一は、『ニッポンFSXを撃て』(1991) ――のちに『たそがれゆく日米同盟』と改題――という国際情報ノンフィクションで颯爽と登場した。自衛隊の次期支援戦闘機・FSXを自主開発したいという日本に警戒する米国対日強硬派との“外交戦争”を描いている。『ウルトラ・ダラー』(2006)は、北朝鮮の偽札づくりなどあつかったインテリジェンス小説、“これを小説だと言っているのは著者だけだ”というキャッチコピーがいまも印象に残る。『ライオンと蜘蛛の巣』(2006) は、実際のインテリジェンスを知ることのできる世界の29の都市と人とにまつわるエッセイ。『葡萄酒か、さもなくば銃弾を』(2008)は、内外の政治家 29人を際立ったエピソードで描いた人物ルポルタージュ。そして未読だが『スギハラ・ダラー』(2010)というドキュメンタリー・ノベルが出たようだ。はやく読みたい。

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