佐野真一●戦後戦記 ――中内ダイエーと高度経済成長の時代
佐野 僕は中内さんに、二億円の賠償請求で訴えられましたからね。中内さんと裁判沙汰になりながらも、やせ我慢でも何でもなく中内という人が好きなんですよ。始末に負えない親父でしたがね。 堤 「佐野さんの書いたものを取り消せ」と言って始まった裁判ですね。〔…〕 佐野 訴状によると、「確かに佐野のボールペンを頂戴したことはあるけれども、高額なものではない」と。「たかだか二百円のものである。それをあたかも詐取したごとくに書くとはいかがなものか」と(笑)。 堤 ハハハハッ。なるほど、なるほど。〔…〕 佐野 稚気があるんですよ、あの人には。中内さんは飛行機も新幹線もエコノミーでした。なんでビジネスクラスやグリーン車に乗らないんですか、と尋ねた人にこう言ったそうです。 それに乗ると早く着くんかい(笑)。僕はカリスマというのはこういう人間だと思っているんです。
――第三部 戦後日本人の豊かさと貧しさ 堤清二+佐野眞一
|
●戦後戦記 ――中内ダイエーと高度経済成長の時代|佐野真一:編著|平凡社|ISBN:9784582824469|2006年06月|評=○
<キャッチコピー>
われわれは中内ダイエーと中内功から何を学ぶべきなのか。「主婦の店」から一大流通王国を築いた男の夢とまぼろし。その「戦記」から、この国の豊かさと貧しさが見えてくる。カリスマの残照を追って、戦後日本の光と影に迫る。
<memo>
佐野 中内さんはすごく文才のある人でした。神戸三中では俳句のクラブに入っていまして、非常にいい句を残していますよ。もう赤紙で徴兵される寸前ですけれどね。「今は悔いず冬枯の丘駆け下る」。十七歳くらいのときだと思いますけれど。
堤 今度、俳人に教えてあげよう(笑)。「これだけの句をあんた書けるか」と言って。それくらいいい句です。
| 固定リンク
コメント